『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.324

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刑部卿殿之御事を御推戴の趣に申居られしに、先比御暇の御禮として登城ありし時、於營, に歡ひ思召せしなり、阿州殿の御事は、惡しき心の座すとはなけれと、志の立所なき故に、, にて、手足を截斷せらるゝに齊しく、歎かしき限りと思召は、此上は竹腰兵部か御附家老, し給ひしなり、扨尾張殿の事は兼て憂ひおほせしに、けふ伊賀殿の申されたる趣にては、, 申にて止み給ひしとそ、御歸殿の上にて、公伊賀殿の初て慥に御人柄を打明給ひし事を殊, 京師へは京師の思召入れよからん樣に申、又伊賀殿なとへは己レを指置てかゝる事なと, に、止事を得られす推選に及はれしにて、其本心にはあらねは、世上にも色々沙汰せる如, 中對面セし折には、彼侯は、元より刑部卿殿の御事は御存なけれと、公の勸め玉ひし故, の職分にて、御双方平穩に事濟むやうになされたきなれは、其事永鴻臚へ御相談あるへき, 交の御間柄にてかゝる御事はいと御心外には思召せしかと、唯さる事も候ひしにやと御, 比にも似ぬ淺間敷事共にて、殆あきれ入りて候なりと打笑ひて御物語あり、公にも御親, 申出さるゝ樣にては、大名の内にも頼もしき人のなきこそ澆浮の有樣なめりと、深く歎息, 仰セ出されなは、世の聞えと申、家にとり身にとり面目無此上事に候へなと申されて、日, 閣中にても以の外の評判にて、此節柄萬一尾張殿の御身上に事ありては則幕府の御弱み, く、紀侯西城に御立あらは、己レは不才は申迄もなけれと、御續柄にも候へは、御後見なと, 城タルヲ欲, 蜂須賀齊裕, ハ紀侯ノ西, 諸侯ニ頼ム, ベキ者ナシ, 安政五年四月十六日, 三二四

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  • 城タルヲ欲
  • 蜂須賀齊裕
  • ハ紀侯ノ西
  • 諸侯ニ頼ム
  • ベキ者ナシ

  • 安政五年四月十六日

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  • 三二四

注記 (22)

  • 1818,628,77,2232刑部卿殿之御事を御推戴の趣に申居られしに、先比御暇の御禮として登城ありし時、於營
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