『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.536

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なり、劔術を以て人を殺儀は、何そ將軍の手を勞せンヤと云々、, 也と云り、, を〓て其を少乾して、ぬかの代ニわらを細に切て、少やわらかにしてま, 知ロシ被召間敷事迄も、細ク御存被成し也、或時家康公宣は、若キ者共能, せて付たるか吉、又豆計さ〓と干して入、先ニ而りらを加ても吉と宣り, 也と、, 參會し、合戰勝負の評談をしを聞召して、合戰は戰て勝、戰く負るものにあ, か樣之事まて、其利を穿鑿まし〳〵し事、今之代之大將之心之付間敷所, 工夫を被極、軍之懸引、人數の遣ヒ樣之儀ハ申も踈成事也、武利となれは、, 承レ、軍陣にて馬にぬか袋を付ルに、豆をぬかに合たるを付るは惡し、豆, らす、不戰以前に勝負の理を知を良將とす、武家日用の作法は軍法也、故に, 作法正しよ時き、軍陣に臨みても進退度にあたり、勝事掌を握か如しと仰, 一或時、師信曹語曰、家康公之軍利之賢キ事、申も恐レ多キ事なれ共、萬事の, 〔遠江舊聞略記〕故老傳へて云、神祖中泉に御逗留の御時、御小姓衆御次に, 〔翁物語〕中, ○下略、座敷相撲二疊ヲ裏返サシムルコト二カ, ル、勤儉ノ項ニ收ムル駿河土産ト異事ナシ、, 負ノ理ヲ, 戰前ニ勝, ル細心, 家康ノ軍, 知ルガ良, 事ニ對ス, 將, 元和二年四月十七日, 五三六

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  • ○下略、座敷相撲二疊ヲ裏返サシムルコト二カ
  • ル、勤儉ノ項ニ收ムル駿河土産ト異事ナシ、

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  • 負ノ理ヲ
  • 戰前ニ勝
  • ル細心
  • 家康ノ軍
  • 知ルガ良
  • 事ニ對ス

  • 元和二年四月十七日

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  • 五三六

注記 (26)

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