『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.248

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は小勢にして山際にたゞ一とつらに備へてうすし、しかのみならず、味方の籏色或例てあ, しく候、甲州勢軍を班すこそ幸ひなり、はやく軍使を先手へ遣はされ、味方を退け給ふ, る、家康公聞し召し、汝日頃軍用にも立べしと家康めきゝしたるゆへ、大事の斥候に遣は, 合戰有へきや否、斥候として遣はさる、直忠畏りて、緋おどしの鎧に同色の甲三本菖蒲の前, 立物を着し、はな〴〵敷出立ち、白柄の小長刀を馬のひら首にそへ、敵合ひ間ぢかくはセ, く通す事有るかなと、大にいかり仰セけり、鳥居聞て腹を立、御用に立べき者なるゆへ、心, べし、もし又ゼひ合戰を決せんと思し召され候はゝ、甲州勢の堀田の郷まて引たる時分、, 段々に味方を備へて御合戰候べし、只今軍を仕掛られなば、かならず味方討負べしと申上, す所、臆病心付き、甲州の大軍におどろき、腰ぬけたるか、目前の敵を討たずして、空し, り、既に軍を班んとする體を見て、濱松勢の内早雄の若殿原、信玄の軍兵班んとする體を, 見て、勇み立て、ゼひ一戰仕らんと進みけり、時に家康公鳥居四郎左衞門尉直忠を召して、, 行、陣扇をかざし、敵味方をふりかへりて斥候し、しづ〳〵とはセ歸りて、今日の軍は戰, ふとも利あるまじ、甲州勢は若干の大勢にて段々に備へをもふけて、其備へかたく、味方, も剛に、目も見屆け候なり、御負けにも御搆ひなくば、御心の儘なるべし、勝負の是非を, 元龜三年十二月二十二日, 二四八, 元龜三年十二月二十二日

  • 元龜三年十二月二十二日

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注記 (17)

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  • 1005,611,62,2283しく候、甲州勢軍を班すこそ幸ひなり、はやく軍使を先手へ遣はされ、味方を退け給ふ
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