『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.354

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り、是は畢竟畑水練の説にして、軍學者之を聞かは必す噴飯すへし、, 彼に於ても利盆なきを知り、自ら兵を戰めて和を乞ふに至るへし、既に其的例あり、英吉利の亞墨利加に於務るか, 都に本營を構へ住居せしめられ然るへし、, せんとす、歐羅巴・亞墨利加の軍事は、軍船火器の術に精しくして、我か軍用にも其術を取るを專要とす、然れとも, 一軍隊の事は武門の專職にして、長袖の者の輕卒に喙を容るへき所に非すと雖、蟷螂車前の怒に堪へすして更に喋々, 如き是れなり、墨は擧國一心同力して英と拒戰し、五ケ年を經て英勝つこ」と能はさるを知り、遂に和を講して墨は, 獨立せり、是れ戰爭は耐忍を以て專要とするの證據にして、外寇を防禦するには、全國の人民をして千窟城の想を, 一江戸は京都同樣なるも、徳川累代の城濠あり、譜代恩顧の士卒何十萬を以て數ふへし、又甲府要害の地方近方に控, の法、伏兵の法を始め諸法を練磨し、火攻め・水攻め・夜討ち・朝掛學、其他奇正互變種々の策略を以て、臨機應變海, 抱かしめ、億兆一心に歸するを以て肝要とす、, 劍戟の接戰は我か所長なれは、決して等閑にすべからす、海陸の二兵は彼我の所長を交へて編成し、歩戰の法、騎戰, を僥倖とし、如何なる異圖を企つやも知るへからす、徳川懿親の大名に主將を命せられ、警衞軍隊の總管として、京, て三百萬の費あるは必定なり、元來夷情は利を貪ること專一とするに由り、四五年を經て猶勝敗を決せさる時は、, 陸の戰をなし、勇武を振ふは勿論にして、海岸の要所要所には、秦の長城の如き堅固なる砲〓を築造し、軍船と相互, に海陸應援して、外敵を防禦するずこと肝要なり、兎も角平常に於て海陸二兵を准備調練し、一朝非常の變あらは、疾, 京都は、南に攝津、北に若狹と、何れも海に接し、異船入津の便利あり、警衞尤大切なり、一朝戰爭起らは姦民、非常, 雷耳を掩ふ能はさるか如く、大小銃の烟を飛はし、劍戟の光を散らし、日本の武威を示さんこと頗る本懷の至りな, へて、京都に百倍するの堅固なり、將軍家自ら軍隊を指揮し、警衞は自由なるへきを以て、別に主將を置くに及はさ, 第四三都伊勢警衞の事, 安政五年三月十四日, 安政五年三月十四日, 三五四

  • 安政五年三月十四日

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注記 (22)

  • 753,683,45,1282り、是は畢竟畑水練の説にして、軍學者之を聞かは必す噴飯すへし、
  • 1768,686,48,2171彼に於ても利盆なきを知り、自ら兵を戰めて和を乞ふに至るへし、既に其的例あり、英吉利の亞墨利加に於務るか
  • 403,682,44,798都に本營を構へ住居せしめられ然るへし、
  • 1294,692,47,2168せんとす、歐羅巴・亞墨利加の軍事は、軍船火器の術に精しくして、我か軍用にも其術を取るを專要とす、然れとも
  • 1389,655,48,2200一軍隊の事は武門の專職にして、長袖の者の輕卒に喙を容るへき所に非すと雖、蟷螂車前の怒に堪へすして更に喋々
  • 1674,687,47,2174如き是れなり、墨は擧國一心同力して英と拒戰し、五ケ年を經て英勝つこ」と能はさるを知り、遂に和を講して墨は
  • 1579,684,47,2175獨立せり、是れ戰爭は耐忍を以て專要とするの證據にして、外寇を防禦するには、全國の人民をして千窟城の想を
  • 312,649,48,2207一江戸は京都同樣なるも、徳川累代の城濠あり、譜代恩顧の士卒何十萬を以て數ふへし、又甲府要害の地方近方に控
  • 1104,688,46,2173の法、伏兵の法を始め諸法を練磨し、火攻め・水攻め・夜討ち・朝掛學、其他奇正互變種々の策略を以て、臨機應變海
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