『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.59

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ては、ちやうちんをともさせ、ありき可被申候事, 掟, 八日、, 九月七日丁酉、長橋殿ヘ菊の綿マテ進上了、如此、, り宮の御かた、女御の御かた、この御所の御所〳〵のこらす、御なかまいら, 一諸侍衆、夜に入五ツ過候てより、被罷出候事可爲停止、但、難去用所在候付, 九月七日、はるゝ、やましなより、きくの御なか、いつ, 一家來之上下、夜中に壹人も不罷出樣に、主人〳〵として毎夜相改可申候、, 八日、はるゝ、もうしのくちにうへられて、御なかめさせらるゝ、女ゐんかへ, 櫻井文書, せらるゝ、女ゐん御所の女中、あつま殿まてらる、, 〔御湯殿上日記〕, 〓御菊居、山科言經、菊綿ヲ獻ズルコト例ノ如シ、, 越前北庄城主松平忠直、法令五ケ條ヲ下シテ家臣ヲ戒筋ス、, ものことくらる、, 言經卿記〕, 公七十一歳ノ御時也、, }, ヽ), 經ヨ長橋局へノ文、及ビソノ返事ヲ載セ, ○出, タリ、毎年ノ記事ト異事ナキ二ヨリ略ス, 次二、言, 三十, ○コノ, 六十, 戌, 雲, 二, 四, 文, 夜行ノ制, 慶長十二年九月八日, 公七十一歳ノ御時也、, 五九

割注

  • 經ヨ長橋局へノ文、及ビソノ返事ヲ載セ
  • ○出
  • タリ、毎年ノ記事ト異事ナキ二ヨリ略ス
  • 次二、言
  • 三十
  • ○コノ
  • 六十

頭注

  • 夜行ノ制

  • 慶長十二年九月八日
  • 公七十一歳ノ御時也、

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  • 五九

注記 (35)

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