『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.755

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

御ほしまいらせらるゝ、, 十九日、はるゝ、りしゆんの御さか月、いつものことく三こんまいる、こわく, かたへ、ひいな、はりこ一つゝみらる、女院の御所、御所〳〵へ、いつもの〓く, こん三こんらる、御みやけに、しろか〓十まいまいらせらるゝ、三の宮の御, 茶壺口切ノ由也、時直ハ被召テ參上候、初夜過ニ退出, 季繼朝臣、左衞門佐秀直朝臣、坊城右中辨俊昌、西洞院少納言時直、甘呂寺右, か月のうちに、かきまいらせらるゝ、へつてんに女院の御所へならします, めにて一こんらる、まめよはうへむかせられ候て、御所にうちそめまいら, せられて、そうへは、長はしうちまいらせ候、竹田よりついなつうらる、御さ, 兵衞佐豐長、予等被召之、入夜女院還御、御相伴之衆、光照院殿、入江殿、大聖寺, 中納言、伯二位、鷲尾宰相、正親町三條實有朝臣、阿野少將實顯朝臣、四辻少將, 十二月十八日、はるゝ、せつふんの御さろ月、まも、ま, 口、〓節分ノ儀例ノ如シ、別殿ニ、女院御所二幸シ給フ、, 〔時慶卿記〕二十十二月十七日、天晴、時々雪散、女御殿ヘ、女院御所御申、御, 〔御湯殿上日記〕, 殿、近衞殿也、, 六十, 亥, 節分ノ次, 御茶壺口, 御ほし, 立春ノ御, 第, 切, 至, 慶長九年十二月十八日, 七五五

割注

  • 六十

頭注

  • 節分ノ次
  • 御茶壺口
  • 御ほし
  • 立春ノ御

  • 慶長九年十二月十八日

ノンブル

  • 七五五

注記 (27)

  • 372,646,59,715御ほしまいらせらるゝ、
  • 256,653,58,2195十九日、はるゝ、りしゆんの御さか月、いつものことく三こんまいる、こわく
  • 491,655,59,2198かたへ、ひいな、はりこ一つゝみらる、女院の御所、御所〳〵へ、いつもの〓く
  • 608,649,58,2211こん三こんらる、御みやけに、しろか〓十まいまいらせらるゝ、三の宮の御
  • 1309,646,57,1570茶壺口切ノ由也、時直ハ被召テ參上候、初夜過ニ退出
  • 1774,641,64,2218季繼朝臣、左衞門佐秀直朝臣、坊城右中辨俊昌、西洞院少納言時直、甘呂寺右
  • 726,653,57,2206か月のうちに、かきまいらせらるゝ、へつてんに女院の御所へならします
  • 960,654,56,2203めにて一こんらる、まめよはうへむかせられ候て、御所にうちそめまいら
  • 842,654,57,2201せられて、そうへは、長はしうちまいらせ候、竹田よりついなつうらる、御さ
  • 1656,644,64,2213兵衞佐豐長、予等被召之、入夜女院還御、御相伴之衆、光照院殿、入江殿、大聖寺
  • 1890,641,62,2213中納言、伯二位、鷲尾宰相、正親町三條實有朝臣、阿野少將實顯朝臣、四辻少將
  • 1077,1361,56,1498十二月十八日、はるゝ、せつふんの御さろ月、まも、ま
  • 1182,737,78,1672口、〓節分ノ儀例ノ如シ、別殿ニ、女院御所二幸シ給フ、
  • 1397,605,111,2256〔時慶卿記〕二十十二月十七日、天晴、時々雪散、女御殿ヘ、女院御所御申、御
  • 1054,609,95,486〔御湯殿上日記〕
  • 1540,643,58,355殿、近衞殿也、
  • 1107,1159,39,102六十
  • 1179,812,47,40
  • 1103,282,41,170節分ノ次
  • 1456,281,43,165御茶壺口
  • 377,282,41,128御ほし
  • 282,281,42,173立春ノ御
  • 1061,280,37,40
  • 1413,281,39,37
  • 239,283,42,38
  • 154,721,43,424慶長九年十二月十八日
  • 156,2446,45,123七五五

類似アイテム