『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.417

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るゝ、夕かた御くちとりあり、はんしゆ院へも、いつものことく、御ほうもつ, 十五日, 若死又ハ退身等ニ而斷絶仕候、當時與力共之内、右五人之外ハ、右之明跡江, やう御よみあり、ねはんにて御しやかかけられて、ほうもつとも女院の御, 所よりも、三の宮の御かたよりもらる、この御所よりも、御所へまいらせら, 候、權現樣御手自、眞壺壹并高麗御茶碗壹拜領仕候、右眞壺ニハ權現樣御筆, 右之内、當時相續罷在候者ハ、平岩助右衞門、岩手九左衞門、夏目彌次郎、由比, 申付候儀ニ御座候、尤與力ハ新宮差置、銕炮之者五十人ハ和歌山表差置申, 甚太郎、宮川金八、右五人之家計御座候、其外者出雲守重仲、淡路守重良代迄、, ニ而御封印被遊、壷之裏江御書判被遊被下置候、勿論右御封印之儘ニ而拜, 〓〓槃會ノ御讀經、御誕生ノ御宴例ノ如シ、, 二月十五日、はるゝ、女中いつものことく、御しんき, 領仕、木ノ下之壺ト申傳所持仕候、御茶碗ハ、頼宣卿江淡路守ヨリ差上申候、, 〔御湯殿上日記〕, 同二百石夏目彌十郎高二百五十石太田新八, 〔御湯殿上日記〕〓十二月十五日、はるゝ、女中いつものことく、御しんき, 爲春ノ頼將ノ傳ナリシ事ハ本年正, ニ從ヒ本日ニ掲グ、重仲ノ濱松城ニ移ルコトハ、十四年十二月ニマタ三浦, ○体書本條ノ事ヲ十二年十二月ニ係ケタレドモ、今當代記、紀藩無名書等, 月十九日二各其條アリ、參看スベシ、, 六十, 、癸, 酉, 四, 御しんき, 〓う, 慶長十三年二月十五日, 四一七

割注

  • 爲春ノ頼將ノ傳ナリシ事ハ本年正
  • ニ從ヒ本日ニ掲グ、重仲ノ濱松城ニ移ルコトハ、十四年十二月ニマタ三浦
  • ○体書本條ノ事ヲ十二年十二月ニ係ケタレドモ、今當代記、紀藩無名書等
  • 月十九日二各其條アリ、參看スベシ、
  • 六十
  • 、癸

頭注

  • 御しんき
  • 〓う

  • 慶長十三年二月十五日

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  • 四一七

注記 (28)

  • 284,659,63,2213るゝ、夕かた御くちとりあり、はんしゆ院へも、いつものことく、御ほうもつ
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