『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.337

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被召出、御懇の御意被成下、其外にも頭立たる者ともへ御逢可被遊との仰, 御意之段を、京極家大小の侍とも承り傳へ、いつれも難有奉存、其後籠城の, 〔附録〕, 殿兵庫彼地へ可罷越旨被仰付、, に付、高次人指を被致、聞齋召連罷出、其姓名を披露申上る中に、淺見藤兵衞, 次被承、仰のことく以前柴田方に罷在候者にて御座候にと被申上候へは、, 刻にも、一入勇氣をはけまし候由、中西伊賀常に物語にて候と、中西與助我, あの者の儀は兼て我等も聞及ひたる者に候、惣して其元には人數寄ゆへ, とある名を御聽被遊、あれはかのしつか嶽にてはなく候哉と御意に付、高, 大炊、赤尾伊豆、安養寺聞齋、今井掃部、岡村新兵衞なと申、日頃御存知の者共, 能家來をも多くもたれ候、去に依て、當家の義は別して頼母しく存ると有, 水雅意之行跡依有之、從將軍樣上使被遣可有御吟味旨、内府樣上意に付、鵜, らへ申聞候也、其日大津にて御ひまとらせられ候に付、日暮に及ひ石部へ, 〔慶長見聞録案紙〕下十月、去比より、於若狹國、京極若狹守, 御著被遊, 家中熊谷主, ○當代記異事ナシ、但、兵庫ノ, 江戸出立ヲ九月下旬トセリ, 高, ○下, 略, 忠, 忠高ノ臣, 雅意ノ行, 家康高次, 熊谷主水, 鵜殿兵庫, 得タルヲ, ノ良士ヲ, 跡, 吟味ノ使, 褒ス, 慶長十四年五月三日, 三三七

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  • ○當代記異事ナシ、但、兵庫ノ
  • 江戸出立ヲ九月下旬トセリ
  • ○下

頭注

  • 忠高ノ臣
  • 雅意ノ行
  • 家康高次
  • 熊谷主水
  • 鵜殿兵庫
  • 得タルヲ
  • ノ良士ヲ
  • 吟味ノ使
  • 褒ス

  • 慶長十四年五月三日

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  • 三三七

注記 (34)

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