Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
桔梗花紋者、存富田氏之號也, 私ニ曰、今ノ外輪ノ出口ノ門々ハ、寛文八年ニ出來スト云々、, て東の丸へ橋かゝり、東の丸大手口なり、高山樣其口をふさき被成、西の, 入にほり立申候、其土を東の方は築地ほり川の町やの地形に被仰付、西, 丸搦手口一方にあそはし候、東の丸にさしつゝき、南の方に中の丸とて、, 不戌事に候、何をさし置候ても、居城なくてはならを候と段々被仰付、只, 々商買のために候間、町役にほり立可申之由被仰付、深さ一丈二尺の舟, て、何かの時、家中侍共の妻子入置可申所もなく、せめて方十町ならては, 玉置覺書富田信濃殿在城の時は、分部町不動院居申候處、城への道に, の方は寺町に出し候やうに地形つき可申旨被仰付候、さて銕炮大役小, 一丸御座候を御取はらひ、一面の池に被仰付候、御身上不相應の小城に, 〔高山公實録〕〓慶長十六年, 今のほり川は、どこともなく、洲崎のすな山の松はらにてしほくれは、後, 正月、津の城を拓修し給ふ, 宗國史公下輿、撤東城門、以西城一面通牙城、正門左側樓屋瓦端、今猶署, 〔高山公實録〕〓慶長十六年松〓五正月、津の城を拓修し給ふ、〓, 文公室年, ○中略、上, 公年五, 十六, 譜略、津城修築ノ, コトヲ載セタリ、, 慶長十六年正月是月, 一〇四四
割注
- 文公室年
- ○中略、上
- 公年五
- 十六
- 譜略、津城修築ノ
- コトヲ載セタリ、
柱
- 慶長十六年正月是月
ノンブル
- 一〇四四
注記 (24)
- 1351,707,57,862桔梗花紋者、存富田氏之號也
- 1821,709,57,1806私ニ曰、今ノ外輪ノ出口ノ門々ハ、寛文八年ニ出來スト云々、
- 1115,708,60,2146て東の丸へ橋かゝり、東の丸大手口なり、高山樣其口をふさき被成、西の
- 292,711,61,2151入にほり立申候、其土を東の方は築地ほり川の町やの地形に被仰付、西
- 999,707,58,2167丸搦手口一方にあそはし候、東の丸にさしつゝき、南の方に中の丸とて、
- 646,708,59,2153不戌事に候、何をさし置候ても、居城なくてはならを候と段々被仰付、只
- 409,718,60,2143々商買のために候間、町役にほり立可申之由被仰付、深さ一丈二尺の舟
- 763,710,60,2144て、何かの時、家中侍共の妻子入置可申所もなく、せめて方十町ならては
- 1232,706,58,2154玉置覺書富田信濃殿在城の時は、分部町不動院居申候處、城への道に
- 175,720,60,2132の方は寺町に出し候やうに地形つき可申旨被仰付候、さて銕炮大役小
- 880,726,61,2132一丸御座候を御取はらひ、一面の池に被仰付候、御身上不相應の小城に
- 1679,591,103,983〔高山公實録〕〓慶長十六年
- 528,708,58,2153今のほり川は、どこともなく、洲崎のすな山の松はらにてしほくれは、後
- 1703,1793,59,781正月、津の城を拓修し給ふ
- 1466,711,59,2148宗國史公下輿、撤東城門、以西城一面通牙城、正門左側樓屋瓦端、今猶署
- 1678,584,106,2032〔高山公實録〕〓慶長十六年松〓五正月、津の城を拓修し給ふ、〓
- 1687,2596,41,258文公室年
- 1732,2597,41,255○中略、上
- 1731,1585,44,184公年五
- 1689,1586,40,118十六
- 1614,639,45,489譜略、津城修築ノ
- 1573,648,38,485コトヲ載セタリ、
- 1935,707,45,391慶長十六年正月是月
- 1937,2461,40,153一〇四四







