『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.132

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

慶無之積りにより、最初より、三百石取已上之面々には馬を繋き、其已下の, とく御規式等相濟て後、彼侍十人を呼出されて演ふは、夫貴きも賤きも、己, 我意にまかせる事、是又人常の癖也、骨髓に好む事也とも、我分際を顧さる, 率て居申よし申上しかは、以の外御不興の躰ニて、御入城在之て、恆例のこ, 侍き馬入用の節き、主人より馬を貸て、尋常の勤をなすを大法とす、然る所, 吉凶の附屆をは法にまかせす、人の物をかりても返す事をはからされは、, て又演ふは、汝等天性馬を好む志によりて、手馬を繋也、夫人々の好事をは、, 義理を失ふへし、則其盜賊の類なりと演ひて、以の外なる御不興也、暫時有, は嫌ふなり、其故は己か分際をはからさる人は、父母兄弟にも疎略多く、其, 汝等少知を取なから手馬を持、武備第一の心懸を我等にみすへき下心と, みへたり、此彈正は志正く誠有人を好みて、加樣ニ方便を以て調諂ふ侍を, の旅役等の用意も設けて、人常並の附届も時宜ニ叶へなは、手馬持へき餘, か分際相應ニ父母兄弟の養ひを顧み、齡ひ至れは妻子をも養育し、尤其身, 妻子持へき時節を辨へさるは、是則忠孝の基を失ふなり、左あれは人並の, は、大きなる心得違にして誤り、終ニは人倫を亂るゝの端なり、然りといへ, 詔諛ヲ戒, 慶長十六年四月七日, 一三二

頭注

  • 詔諛ヲ戒

  • 慶長十六年四月七日

ノンブル

  • 一三二

注記 (18)

  • 1324,617,61,2219慶無之積りにより、最初より、三百石取已上之面々には馬を繋き、其已下の
  • 1672,626,64,2212とく御規式等相濟て後、彼侍十人を呼出されて演ふは、夫貴きも賤きも、己
  • 273,624,63,2211我意にまかせる事、是又人常の癖也、骨髓に好む事也とも、我分際を顧さる
  • 1790,620,60,2216率て居申よし申上しかは、以の外御不興の躰ニて、御入城在之て、恆例のこ
  • 1205,618,66,2235侍き馬入用の節き、主人より馬を貸て、尋常の勤をなすを大法とす、然る所
  • 624,617,60,2241吉凶の附屆をは法にまかせす、人の物をかりても返す事をはからされは、
  • 388,623,64,2231て又演ふは、汝等天性馬を好む志によりて、手馬を繋也、夫人々の好事をは、
  • 505,617,64,2228義理を失ふへし、則其盜賊の類なりと演ひて、以の外なる御不興也、暫時有
  • 858,620,64,2223は嫌ふなり、其故は己か分際をはからさる人は、父母兄弟にも疎略多く、其
  • 1091,620,63,2223汝等少知を取なから手馬を持、武備第一の心懸を我等にみすへき下心と
  • 975,624,62,2224みへたり、此彈正は志正く誠有人を好みて、加樣ニ方便を以て調諂ふ侍を
  • 1440,625,62,2214の旅役等の用意も設けて、人常並の附届も時宜ニ叶へなは、手馬持へき餘
  • 1555,626,62,2214か分際相應ニ父母兄弟の養ひを顧み、齡ひ至れは妻子をも養育し、尤其身
  • 740,616,62,2220妻子持へき時節を辨へさるは、是則忠孝の基を失ふなり、左あれは人並の
  • 156,632,69,2188は、大きなる心得違にして誤り、終ニは人倫を亂るゝの端なり、然りといへ
  • 1001,251,43,169詔諛ヲ戒
  • 1907,689,43,383慶長十六年四月七日
  • 1908,2434,41,106一三二

類似アイテム