『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.317

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ければ、御立腹にて、大分代官御加増と思召被仰付けるに、左樣の引負致し, へは心次第に來るへし、老の歴役に代官役を云付る也と、御懇意の御意な, いふ村あり、海水を前に抱へ、自由能地なれは、下市へ行て代官を勤め、城下, も、大分の事なれは、言上せすして濟しかたしと相談の上、委細を申上られ, 負出來たり、大方の事ならは、下にて事を濟さんと、家老衆も思はれけれと, 増抔給はるへき品もなかりける、或時源右衞門を御呼仰けるは、汝年老て, 損なき上物成を、源右衞門我儘に遣ひける程に、三ケ年の中に、二千石餘引, 松江に有て、時々の出仕も辛苦に存へし、其方今の知行所の近所に、下市と, 候事、不屆の至り、急度勘定仕立候へと、平野縫殿之助を御使にて被遣ける, れは、源右衞門忝しと、下市の郷へ引籠り居ける、下市村は、千貳百石餘の高, 老衆諸侍も、除者にして不搆次第也、されとも、君を思ふの眞切なる忠義は、, 又并へていりんやうもなし、知行二百石下されけるか、何かに付ても、御加, の内百石餘は、落合藏主知行にて、殘千百石納りける、上田滿作の所、日損水, 縫殿之助、下市村へ行て、御意之趣を申たれは、源右衞門大聲出し、やれ縫殿, 御意地我儘にて、殿の仰事も、己か心に叶されは、聞入る事なかりければ、家, 慶長十六年六月十七日, 三一七

  • 慶長十六年六月十七日

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  • 三一七

注記 (17)

  • 464,637,71,2222ければ、御立腹にて、大分代官御加増と思召被仰付けるに、左樣の引負致し
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