『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.336

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役に被仰付、朝暮勤仕被申たり、, かの者はつねの若者のやうにもなく、ものゝやくにもたつへきとおもひ, しに、よくも仕たりと被仰、二百石の加恩あつて、木村大膳組の小ものみの, 同前にまいれとの仰也, 參り、せり合の樣子、并城の體を、委細言上申されけれは、仰にき、虎之助若輩, みまはりたまひ、地の利よき城なり、たやすくせめくつすへきやうなし、遠, にのり、秀吉公の御前さしてまいられける、秀吉公、はや其體を御覽して、伏, 輕に市足久兵衞といふもの也、右の首尾、秀吉公つふさにきこしめし、常々, たりといへとも、目も心もきゝたる仕方、今日のはたらき、彦右衞門にはつ, 卷にすへし、からめてのていをみてまいれと、蜂須賀彦右衞門尉をめされ, て、くはしく被仰含けり、秀吉公なにと思召けん、加藤虎之助も、彦右衞門と、, 兵あつて手にあひ、高名したるか、まいれ〳〵との御諚也、彦右衞門御前へ, 虎之助馬よりおり、あとしつてのく, 探題職を被下たり、同六月廿五日、因幡國鳥取の城せめの刻、秀吉公、彼城を, 天正九年三月三日、信長公、秀吉をあづちへめされ、播磨國をたまはり、中國, 敵壹人うちとゝめ、首を取袋ニ入、彦右衞門も敵壹人うちとり、兩人共に馬, ○中略、伏兵ノ, コト二カヽル, 功名, 鳥取城攻, ノトキノ, 慶長十六年六月二十四日, 三三六

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  • ○中略、伏兵ノ
  • コト二カヽル

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  • 功名
  • 鳥取城攻
  • ノトキノ

  • 慶長十六年六月二十四日

ノンブル

  • 三三六

注記 (23)

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