『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.431

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清正の士、腰兵粮を持ずして不興の事, を遣ふに、或兒小性、腰兵粮を不帶、その伯父燒食を分ち與ふ、清正これを見, と覺ゆ、末たのもしき若者なりといはれたり、また或陣に、野陣にて晝辨當, て、少年の花車風流もときによれり、陣中にて兵粮を持ざるは、武備に怠れ, が曰、城乘を心として、後ろを顧みざるは勇士なり、但、金ののし付を指たる, に、後ろより尻を押上るものあり、我を押上るよと思ひ乘上り、後に見れば, たり、過代に馬を取上べしとて、乘馬を取上、伯父、若年のものに心を付て教, 尉斗付のさやを切廻して、金を取られたり、人みな油斷なりと沙汰す、清正, は、若輩の故なり、戰場へさやうの美麗なるものをば、用ひざることを不知, 入タルト、玉藥ヲ小筒ノ一尺計ナル二八タルトヲツケサセタリ、, るかさね厚き刀をさし、腰にもいろ〳〵の軍用の物を付られたり、, 加藤肥後守、自分ヲハシメ、諸士ニ到ル迄、鞍ノ後輪ニ、米五合充、ウチガヘニ, 加藤清正の士、あるときの城乘に、金の尉斗付の大小をさして、塀をこゆる, 加藤肥後守清正は、力量の將にて、重鎧を著し、寸の延た, 〔常山紀談〕, シ、, 〔校合雜記, ○近代雜, 記異事ナ, 拾遺, 三十, 三, 四, 十, 清正ノ力, 藥トヲ携, 〓米ト火, 帶ス, 奢風流, 量, 武備ト華, 慶長十六年六月二十四日, 四三一

割注

  • ○近代雜
  • 記異事ナ
  • 拾遺
  • 三十

頭注

  • 清正ノ力
  • 藥トヲ携
  • 〓米ト火
  • 帶ス
  • 奢風流
  • 武備ト華

  • 慶長十六年六月二十四日

ノンブル

  • 四三一

注記 (33)

  • 1312,1192,63,1150清正の士、腰兵粮を持ずして不興の事
  • 491,609,67,2222を遣ふに、或兒小性、腰兵粮を不帶、その伯父燒食を分ち與ふ、清正これを見
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