『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.537

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八月八日, 過せる由を聞けり、その乘船は、特に此使節の爲めに、媽港より發したる小, 起りたる諸事の記、, の騷動後なれば、如何なる待遇を受くべきかと懸念し、長崎に來らず、薩摩, 船にして、生糸二萬斤、絹羅紗若干、及び黄金小額を搭載せるに過ぎず、去年, に於て、四日前ポルトガルの大使が、此地を通, 當所, ピーテル、ウィルレムスゾーン、フェルフーフェンの、千六百七年以降航海中に, 〔和蘭東印度商會史〕, zijnde weynich apparentie dat hunlieden yets sal gerestitueert werden ., ○京, 都、, ○千六百, 十一年、, 慶長十六年七月十五日, 五三七

割注

  • ○京
  • 都、
  • ○千六百
  • 十一年、

  • 慶長十六年七月十五日

ノンブル

  • 五三七

注記 (16)

  • 624,633,52,270八月八日
  • 505,632,62,2217過せる由を聞けり、その乘船は、特に此使節の爲めに、媽港より發したる小
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