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平岩正廣, いて死す、年七十三, ありて賊兵と戰ふ、のち、三方原長篠高天神、をよひ甲斐國御發向のときも、, して、直にすゝみ敵をうつ、六年、一向専修の門徒等亂をなすの時、御味方に, 正兵とし、一軍き遊兵とし、一軍は御〓下を護衞す、正廣、このとき正兵に列, 從ひたてまつり、そののち、仰によりて〓地を男正當に讓り、正廣は主計頭, 親吉に屬し、尾張大納言義直卿につつふ、慶長十七年五月朔日、尾張國にを, に答ふ、是を以て見つへし、其上、年月の前後、事實の相違、不可勝量ものなり、, 永祿三年五月、尾張國丸根城を攻たまふのとき、軍を三部に分たれ、一軍き, 法名道雲、三河國碧海郡桑子村の妙源寺に葬る、, 平岩左衞門, に有、今其後胤に問へは、長三郎き相茂、新五左衞門は正成といへるよし、慥, 母は天野清右衞門貞親か女、東照宮に仕へたてまつり、, 親重か二男、, 〔寛政重修諸家譜〕, 五左衞門、今の呈譜に, 金左衞門親正に作る、, 千百七, 今の壬, 十七, ノ弟、, ○親吉, 譜七十, 正廣, 十七年五, 親吉ノ弟, 月一日死, 慶長十六年十二月三十日, 一五三
割注
- 五左衞門、今の呈譜に
- 金左衞門親正に作る、
- 千百七
- 今の壬
- 十七
- ノ弟、
- ○親吉
- 譜七十
頭注
- 正廣
- 十七年五
- 親吉ノ弟
- 月一日死
柱
- 慶長十六年十二月三十日
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- 一五三
注記 (29)
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