『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.679

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前ニテ、遠慮アルヘキ事ナルヲト、心中ニハ思ヒナカラ、心得候ヌトテ、矢ヲ, 遊ハサレ候ヘカシ、見物仕ラハヤト云、伊庭難議ノ所望カナ、兩家ノ諸士ノ, 庭滿引シ、餘リ久クタモチケレハ、是ハイカニト見ル所ニ、忘ルハカリアリ, 考有つらめ、あやしむ〓なかれ、沙汰なし〳〵と御意被遊と、老人の語り傳, たひ、御子孫御繁榮なる事、其下たるの迄も、忘るましき事ともなり、, ゾ、伊庭ニテ候ト答フ、又以使、サラハ此洲崎ニ、羽白一番浮テ候、願クハ一矢, へたる故、御側の人々、驚き走て奉伺御機嫌は、卿御笑被遊候而、我常に軍旅, 業〓ニ勝レタル弓ノ上手ナリ、輝政、參州吉田ヲ居城トス、源君ノ壻トナリ, の事のみ工夫を凝す、今も圖にやり〓〓と思ふとあるに付、我ならす、斯く, テ御輿入時、諸士今切ニ出迎ヘ、伊庭弓ヲ持せタリ、輿副ノ人、使ヲ以テ、人多, 士をは、高知にて被召出、御忠節を被勵、或時則に被爲入、けしからぬ御聲聞, ツカヒテ前ヨル、其間三十間ホトニナレハ、羽白漸ク沖ニ出テ遠サカル、伊, ふるあり、されは、右の〓く、晝夜御切實御辛苦の餘慶、大國之主とならをた, キ中ニ、獨弓ヲ持せラレタルハ、承及シ伊庭殿ニテヤ候ト問フ、御尋ハ何故, 〔武將感状記〕九池田三左衞門尉輝政ノ家禮伊庭總兵衞ハ、手前中リ矢, 家臣伊庭, 總兵衞ノ, 弓術, 儉約ヲ以, テ名士ヲ, 抱フ, 慶長十八年正月二十五日, 六七九

頭注

  • 家臣伊庭
  • 總兵衞ノ
  • 弓術
  • 儉約ヲ以
  • テ名士ヲ
  • 抱フ

  • 慶長十八年正月二十五日

ノンブル

  • 六七九

注記 (23)

  • 493,626,62,2216前ニテ、遠慮アルヘキ事ナルヲト、心中ニハ思ヒナカラ、心得候ヌトテ、矢ヲ
  • 608,623,64,2215遊ハサレ候ヘカシ、見物仕ラハヤト云、伊庭難議ノ所望カナ、兩家ノ諸士ノ
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  • 1546,637,63,2225考有つらめ、あやしむ〓なかれ、沙汰なし〳〵と御意被遊と、老人の語り傳
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