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のくに小天神はくわんおなし一りんほうになりたるそや, て、是ゟ南備前堀、これゟ南播磨堀、作州堀と云傳へり, 〔池田家履歴略記〕三慶長六年辛丑修姫路城、, うかち、兩岸に堤つき、松樹をうへらる、播備作の人夫にて築かれしと云、堀, 小者二口〆千百七拾人, の惣名を、今は三左衞門殿堀と唱へ、三國の役夫の堀し所も、今に堺〳〵有, 〓磨門ゟ南にあたる野中に、南北一里餘、はゝ二十間はかりの長堀を, いろ〳〵のきとうおしてあれとも、すこしものかさるそや、とうとうみ, 水主二口〆七百人、, 舟頭二口〆五拾五人, 〔附録〕, 〔歡喜院文書〕, ふしたるそや、かゝるたいほうあし〓}□□□ほと□〓おいのり、, ○上, 里民の説には、慶長十, 斷闕、, 一二年の頃、穿れしと, ○上文, 年より後の事なるへし、な&追て吟味す〓し、, 略, 云、去なつら、たしかなる事をしらす、美作の人夫出し事いつなる事にや、若, 淡路の人夫をつたへあやまれるもしるへつらす、左あらんには、慶長十五, ○姫路築城ノコトハ、十三年是歳ニ其條アリ, 姫路ノ三, 左衞門堀, 慶長十八年正月二十五日, 七一七
割注
- ○上
- 里民の説には、慶長十
- 斷闕、
- 一二年の頃、穿れしと
- ○上文
- 年より後の事なるへし、な&追て吟味す〓し、
- 略
- 云、去なつら、たしかなる事をしらす、美作の人夫出し事いつなる事にや、若
- 淡路の人夫をつたへあやまれるもしるへつらす、左あらんには、慶長十五
- ○姫路築城ノコトハ、十三年是歳ニ其條アリ
頭注
- 姫路ノ三
- 左衞門堀
柱
- 慶長十八年正月二十五日
ノンブル
- 七一七
注記 (27)
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