『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.784

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殿、將軍宣下御拜賀乃おりも供奉す、このとし、榊原式部大輔康政か女を, やしなはせたたひて、松平武藏守利隆に嫁之らよゝしとき、御輿渡の役, を勤む、こ乃とし、また台徳院殿、忠成か邸に渡御あり、點茶をたそまつき, たかひ、越前國金津にいたり、御貝桶の役を勤む、十二月五日、市町の司、及, く、奉書に判を加ぬ、九月、珠姫君、前田利常に嫁さらるゝ乃とき、御輿にし, ひ關東乃奉行職を兼、與力二十五騎、同心百人をあつをら〓、また御裏門, 御遊宴ありて、丸壺乃茶入、をよひ御紋置たよ硯屏を〓たふ、九年、大猷院, 殿、はしめて山王社に詣たたふ乃とき、忠成か邸に渡御あり、十年、台徳院, 同心六十人を附屬をらき、八年六月、千姫君、豐臣秀頼に婚儀乃とき、, 總、下總兩國乃うちにをい之、一万千石を加恩あり、, 御供に列す、このとし、攝津國茨木、高槻乃兩城を按察す、六年二月三日、上, ヽとのゝち、おほせをう〓て、本多佐渡守正信、内藤修理亮清成とおなし, このとき、小疣の葉茶壺をたたふ、十一年正月、東照宮、武藏、相模兩國にい, はせたたひ、忠成か邸につたらせたたふ、この日、台徳院殿もならせら〓、, 姫君をともな, 御方違むとして、崇源院殿、, 慶長十八年二月二十日, 集ニハ、秀忠夫人ノ熱海, ○恩榮録ニハ、加一万, へ湯治ノ時トナセリ, 典類, 千石、合一万八千石ト, ○禮, ○秀忠, ノ夫人, リ、, 關東奉行, トナル, 七八四

割注

  • 集ニハ、秀忠夫人ノ熱海
  • ○恩榮録ニハ、加一万
  • へ湯治ノ時トナセリ
  • 典類
  • 千石、合一万八千石ト
  • ○禮
  • ○秀忠
  • ノ夫人
  • リ、

頭注

  • 關東奉行
  • トナル

ノンブル

  • 七八四

注記 (29)

  • 510,707,71,2154殿、將軍宣下御拜賀乃おりも供奉す、このとし、榊原式部大輔康政か女を
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