『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.265

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リに還れり、, サンタ・マルタ寺, 前に述べたるが如し、, くして小く、鼻は中央低く、末端廣し、頭は剃りて顳〓の邊の髮は、出來る丈, 地は北極に近く、寒帶に位するを以て、天性白色ならざるを得ざるに、斯の, 如くなるは、旅行中熱帶地方を過ぎたるによれるならんと思はる、眼は短, 着し、馬車にてアラチエリを出でたり、隨員も亦同じ服裝をなし、數輛の馬, 從事せる人に伴はれ、カルヂナル・ボルゲーゼの馬車にて、同寺に赴きたり、, に面したる、戸の入口に於て、ジョ, へり、一行は幕を以て圍ひたる棧敷より、聖祭を傍觀し、式終りて、アラチエ, バン・バッチスタ・コスタグート之を迎へ、聖體を拜せしめたる後、祭場に誘, 諸聖の祭日に、例により、法王出御の上、サン・ピエトロの新寺に於て、聖祭を, け長くし、之を集め、後頭部に於て、銀の紐を以て束ねたり、武器及び服裝は、, 行ひしかば、大使はパードレ・フライ・ルイス、並に法王の廷臣にして、接伴に, 十一月三日、法王パオロ五世〓見の定日、第二十一時頃、大使は黒色の服を, 日本人の身長は、並よりは低く、皮膚はオリーブ色を帶びたり、然れども、其, ○さん・び〓とろ寺の後, 方、左側二アル寺ナリ、, 西人ノ眼, 一影ジタ, ル使節一, 行, 慶長十八年九月十五日, 二六五

割注

  • ○さん・び〓とろ寺の後
  • 方、左側二アル寺ナリ、

頭注

  • 西人ノ眼
  • 一影ジタ
  • ル使節一

  • 慶長十八年九月十五日

ノンブル

  • 二六五

注記 (24)

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