『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.311

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らん子之伴天連に對、二度なからけつかうなるまる地りを此ゑき連者, へ奉請申候、其子細はあきなひと有衆止メ申度候、其もなり不申候者、首, 可被下候、此衆口も通事、萬日本之刑義をも被存候、又大名しゆまて、皆々, 門派ゟ、はすとろ立、いつれ日本切子旦しゆ、首ら一人御定可被下候、其子, 御存にて候へ者、其たゟを以、日本人殊夕出家になり、切子旦たうでしゟ, 義に懸、身を捨、せいこんを盡シ候而、大なるゑすひりつ世間ニて日本之, 殊夕之切子旦ころひ申候、二度斗ひいてすにたいして嫌出來候、ちん・ふ, い申候、其も唯今日本に御坐候伴天連衆之内、何なりとも、一人つゝ御定, はすとろ多入申候間奉頼候、此三門派に一人つゝ、御定被下候樣ニねか, 細者、今程日本大名衆上樣まて、せんちよにて御坐候へは、萬あきなひ〓, ゑき連者之敏昌となり可申候、此内にあきなひと、世間萬齋覺御坐なき, へ者、殊之外拙ク、其上嫌申候、殊夕之妨以來共ニ出來可申候、今迄日本之, となり申候間奉頼候、此樣なるばすとろ立、あほうすとろ之〓く聞子、徳, 大名衆の氣は、天下衆ゟ何細之切子旦に妨御坐候、大刑此たゟを以出來, 世界之徳義、後生にかへ候へ者、居國人別而左樣之儀出家衆ゟか間ひ候, 慶長十八年九月十五日, 貿易, 宣教師ノ, ノ請願, 司教増員, 慶長十八年九月十五日, 三一一

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  • 貿易
  • 宣教師ノ
  • ノ請願
  • 司教増員

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 三一一

注記 (22)

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