『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.494

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ありき、此病院の維持費は、信徒の喜捨に依れり、, 慈善院には、パードレ二名、イルマン一名あり、, んとする輩を妨げたり、, ンは、有盆なる説教の後、十二人の癩病者の足を洗ひ、之に接吻し、更に自ら, 衣を〓し、麻の衣を纒ひ、頸には繩を掛け、頭には灰をかけ、重き十字架を荷, けしも、奉行は次第に嚴重なる態度を採り、宣教師等は、少數を除くの外追, 十月までは、諸派の宣教師等は、競ひて宗教の行列を行ひ、又種々の難行苦, 派の會堂は、依然存せしが、奉行所の吏員は、門前に立ち塞りて、此所に入ら, 行を行へり、又會堂を穢さるゝ事を避け、且つ建築材料を保存するため、寧, サン・ヂヨゴの病院には、パードレ二三名、イルマン一名あり、受洗者二百人, 放せられんとせしかば、基督教徒の間には、不安の念絶えざりき、四月より, ろ進んで會堂數ケ所を破壤せり、サン・ドミニコ派、及びサン・フランシスコ, 長崎にては、ポルトガル貿易の爲め、基督教徒は、少しく寛大なる處置を受, サン・フランシスコ派は、四月末に、行列を行へり、パードレ・ヂエゴ・デ・チチヤ, ひ、兒童をして、繩を取らしめて歩行せり、サン・フランシスコ派の宣教師、及, ケル禁壓, 長崎ニ於, 態度, 宣教師ノ, さんふら, んしす」, 派ノ行列, ごノ病院, さんぢえ, 慶長十九年正月十七日, 四九四

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  • ケル禁壓
  • 長崎ニ於
  • 態度
  • 宣教師ノ
  • さんふら
  • んしす」
  • 派ノ行列
  • ごノ病院
  • さんぢえ

  • 慶長十九年正月十七日

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  • 四九四

注記 (26)

  • 1667,619,61,1421ありき、此病院の維持費は、信徒の喜捨に依れり、
  • 1550,614,64,1358慈善院には、パードレ二名、イルマン一名あり、
  • 620,634,59,700んとする輩を妨げたり、
  • 388,641,71,2191ンは、有盆なる説教の後、十二人の癩病者の足を洗ひ、之に接吻し、更に自ら
  • 269,632,76,2206衣を〓し、麻の衣を纒ひ、頸には繩を掛け、頭には灰をかけ、重き十字架を荷
  • 1321,622,67,2202けしも、奉行は次第に嚴重なる態度を採り、宣教師等は、少數を除くの外追
  • 1087,625,69,2202十月までは、諸派の宣教師等は、競ひて宗教の行列を行ひ、又種々の難行苦
  • 736,626,69,2203派の會堂は、依然存せしが、奉行所の吏員は、門前に立ち塞りて、此所に入ら
  • 968,629,73,2202行を行へり、又會堂を穢さるゝ事を避け、且つ建築材料を保存するため、寧
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