『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.436

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を終は幸甚, 免許ヲ得タリ、元祿ノ初、我邦人朝鮮人ト竹島ニ於テ漁業ノ事ヨリ爭, 欲に隨ひ、是を日本に勸め、以て後日の悔を顧みさるへにんや、前日の書、此, 島紀事ニ見ユ、元和四年ニ至リ、池田光政ハ幕府ニ請ウテ、竹島渡海ノ, 朝廷を輕し、道理に昧きに非すや、貴島の我國に來往する唯釜山一路を除, 大〓を悉せり、然もまた、其船を泊し、纜を解くの便を以そいふ〓をする、是, ヲ起シ、惹イテ幕府ト朝鮮トノ交渉トナリ、其結果トシテ、幕府ハ、元祿, 九年正月二十八日ヲ以テ、邦人ノ竹島ニ抵ルヲ禁ゼリ、此等ハ各、其條, くの外、皆海賊を以て論斷をり、よりて弊鎭及ひ沿海將官、專嚴く其定法を, 貴島その土地の分界限の侵し難きをしり、恪〓信義を守り、能くその好之, 幕府ニ轉啓セザリシコト、元祿九年正月二十八日ノ條ニ引用セル竹, 守なををしるのみ、其他をしらす、今足下の此言あるものまた踈かなり、但, ○本條ノ事件ハ、コノ後、大坂ノ役起ルニ會シタルヲ以テ、義智ハ之ヲ, アリ、參看スベシ、, ○狩野亨吉氏所藏朝鮮通交大紀ニハ、コノ次ニ「按ニ此書に弊, 鎭およひ沿海將官云々とある時は、釜山僉使の書と見へたり, 東莱府使の書とあるは、記録の訛れるなる〓し、又按ニ止, 事後靈光院公(義倫)竹島一件の所參へ考ふ〓し」トアリ, 慶長十九年七月是月, 四三六

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  • ○狩野亨吉氏所藏朝鮮通交大紀ニハ、コノ次ニ「按ニ此書に弊
  • 鎭およひ沿海將官云々とある時は、釜山僉使の書と見へたり
  • 東莱府使の書とあるは、記録の訛れるなる〓し、又按ニ止
  • 事後靈光院公(義倫)竹島一件の所參へ考ふ〓し」トアリ

  • 慶長十九年七月是月

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  • 四三六

注記 (20)

  • 1076,586,54,347を終は幸甚
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