『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.665

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びていはく、その資料は我寄捨せんと、急ぎいりくしたにかへり、弟子雲譽, をかたりなげき、しきりに勸誘せられけるに、住持のいはく、予もまたその, だしたたはり、本に復しぬ、深譽おほひによろこびて本州にかへり、再營を, 再興せんと、心肝をくだくこと言語に〓へたり、よ何て住持に、祖跡の由來, 諸檀信再興のこゝ法ざしを發すといへども、住持いまだ本宗に復する〓, 寺住持を卒ひて禁闕にのぼり、以聞せらる、龍顏感ありく、不日に綸命をく, 大凡そ當今末法五濁惡世にて、出離生死の要行は、本願ねんぬりの法門の, 縡とす、今般誕生寺再興の事、ひとへに師の丹誠によ〓ものなり、その功禹, こゝろざしなきにあらずといへども、事をはかるべきちからなしと、師悦, あたはず、ときに師い例くしたにあり、祖跡をしたひ、きたり見たまふに、其, とふ、時に智恩院主誠譽大和尚、すみやかに領掌ありく、雲譽ならびに誕生, の下にあらずといふべし、, をつかはし、住持とともに、洛の本山智恩院にゆきく、くだんのむ手をうつ, 廢亡目もあてられぬありさたなり、師ぬかくこれをいたみ、いかにもして, 誕生寺は終に異流にしづむを年久し、依て, 誕生寺ヲ破壤シ、及ビ其子秀家, 流刑二處セラレシコト二係, 慶長十九年九月十四日, 六六五

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  • 誕生寺ヲ破壤シ、及ビ其子秀家
  • 流刑二處セラレシコト二係

  • 慶長十九年九月十四日

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  • 六六五

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  • 1081,577,59,2222びていはく、その資料は我寄捨せんと、急ぎいりくしたにかへり、弟子雲譽
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