『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.819

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う女は、眞田河内守といへる人の妾と成く、信州松代へゆく、後におつうを, 候、其已後浪人にて果申候、お通には繼子にて有之候, 手元にて孝養仕〓しとて、迎の人を登し、おほうを松代へ引取る、おつう松, 白秀次に仕て大番頭を勤め、志摩守死後、右之妻、後年權現樣へ被爲呼、春日, 左衞門と申候、前田主膳正家來の伯父を被附候時分、彼のものを見、次郎左, 分、眞田内記に幸せられ、男子を持申候、則眞田勘解由是也、二千俵を拜領し、, 寄合にて罷在、勘解由末子を眞田伊豆守養子と致し、只今安房守と稱す、お, 通は能書并詩歌琴なと世に勝れ申候、鹽川志摩守惣領本腹の子鹽川次郎, 琴の御師範と成といへり, 衞門討取申候、次郎左衞門浪人にて罷在候節、大坂御陣ニは、渡邊勘兵衞に, 局と同格にて、碁の御相手抔す, 加り、鎗下の高名有、其後松平阿波守へ知行千石にて被呼出、後は内藏と申, 男子は鹽川喜太郎、娘はお伏と申候、女子を京都にお通と一所に罷在候時, お通か志摩守と設し子兩人、, 〔筆の守散必〕上小野のおにうの母は、室町松本町に住せし人なり、おに, 〔續兵家茶話〕ニ小野お通は、鹽川伯耆守父志摩守が後妻也、志摩守は關, ○以上將軍御, 外戚傳同ジ、, ○長春隨, 筆同ジ, 家康ニ仕, お通ノ子, 孫, フ, 慶長十九年九月二十一日, 八一九

割注

  • ○以上將軍御
  • 外戚傳同ジ、
  • ○長春隨
  • 筆同ジ

頭注

  • 家康ニ仕
  • お通ノ子

  • 慶長十九年九月二十一日

ノンブル

  • 八一九

注記 (26)

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