『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.1055

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る、山城國に最も近き津の國の人なり、その父はダリヨ高山飛騨殿といひ、, け、千五百六十五年、基督教に歸依し、其後妻及び子女并に一族百餘人に、悉, く洗禮を受けしめたり、ドン・ジユストは、その長子にして當時十四歳なり, パードレ・ガスパル・ビレラ及び日本人のイルマン・ラウレンシヨの教を受, 諸所を領し、最後に高槻の城主となりし人なり、大和國サワ城主たりし時, 同年、我等が日本の皇帝と稱する天下の君公方樣、その寵を受けたる武將, ジユスト高山は、畿内五ケ國の一にして、日本六十六ケ國の都の所在地な, の爲めに謀殺せられたれば、近江國の最も強盛なる領主, 通稱右近殿の生涯功業及び徳行の略記, 第一節, 第二十八章有名なる武士にして、基督教徒たるドン・ジュスト高山, 二人, 〔フランシスコ・コリン耶蘇會員のフィリピン諸島布教史〕, 抄譯, き, del mes de margo de mil y seiscientos y ueinte y siete, siendo de edad de sesenta y dos, 第四, 松永久秀、, ○三好長慶、, 編, 南坊ノ父, 南坊ノ傳, 慶長十九年九月二十四日, 一〇五五

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  • 第四
  • 松永久秀、
  • ○三好長慶、

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  • 南坊ノ父
  • 南坊ノ傳

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 一〇五五

注記 (24)

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