Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
依て、凱陣し給ふ時、竹若忠太夫重利に無銘の脇指一腰、淺黄地桐御紋付帷, に堪ふ、諸國に珍賞す、, 衞門家に傳はりし二品及び記録は、元祿四年未正月の火災に悉く燒失せ, 前名護屋へ往給ひし時、當所にて、竹若家より天下泰平の組物を捧けしに, 子一ツ、弟惣左衞門重常に扇子一本、桐御紋付夏羽織一ツを賜はりぬ、惣左, 唐織帶右ニ同しうき紋有、唐織の紋あり、唐織の絹帶共につよくして久, 生絹竹若家より織出す、其製尤精し、, 政公御入國の後、忠太夫に八人扶持、惣左衞門に七人扶持を賜ふ、今は, り、忠太夫へ下されし二品并御書一通は、今に伊左衞門か家に傳來せり、長, の末子と有は是也、西面は筑紫氏の家臣なるへし、秀吉公朝鮮征伐の比、肥, 〔石城志〕, 續風土記に、筑紫氏, 年減して四人扶持を下し給ふ、, 博多記古説拾遺云、唐織絹は承天寺の僧渡唐の時、彌三と云者, 從ひ來て、廣東織緞子を傳受して歸國す、今の博多織是也、緞, 子織は雪の下とて白緞子也、彌三織今に都鄙共に是を賞〓す、竹若家には, 組, 唐織絹, ○上略、筑紫鬼松、竹若家養, 拾遺には彌三, 左衞門とあり, 子ヲ約スル状ヲ載セタリ, 七土産考上, ○中, ○明, ○中, 和二, 衣服類, 略, 略, 彌三織, 慶長十九年十月十七日, 四五四
割注
- ○上略、筑紫鬼松、竹若家養
- 拾遺には彌三
- 左衞門とあり
- 子ヲ約スル状ヲ載セタリ
- 七土産考上
- ○中
- ○明
- 和二
- 衣服類
- 略
頭注
- 彌三織
柱
- 慶長十九年十月十七日
ノンブル
- 四五四
注記 (33)
- 1096,650,60,2226依て、凱陣し給ふ時、竹若忠太夫重利に無銘の脇指一腰、淺黄地桐御紋付帷
- 1679,658,57,637に堪ふ、諸國に珍賞す、
- 863,646,59,2222衞門家に傳はりし二品及び記録は、元祿四年未正月の火災に悉く燒失せ
- 1211,649,59,2223前名護屋へ往給ひし時、當所にて、竹若家より天下泰平の組物を捧けしに
- 979,646,59,2223子一ツ、弟惣左衞門重常に扇子一本、桐御紋付夏羽織一ツを賜はりぬ、惣左
- 1793,654,61,2218唐織帶右ニ同しうき紋有、唐織の紋あり、唐織の絹帶共につよくして久
- 1560,646,59,1158生絹竹若家より織出す、其製尤精し、
- 629,648,57,2068政公御入國の後、忠太夫に八人扶持、惣左衞門に七人扶持を賜ふ、今は
- 746,653,60,2221り、忠太夫へ下されし二品并御書一通は、今に伊左衞門か家に傳來せり、長
- 1328,654,58,2225の末子と有は是也、西面は筑紫氏の家臣なるへし、秀吉公朝鮮征伐の比、肥
- 1423,611,102,261〔石城志〕
- 1445,2310,57,563續風土記に、筑紫氏
- 510,665,68,922年減して四人扶持を下し給ふ、
- 393,1005,60,1873博多記古説拾遺云、唐織絹は承天寺の僧渡唐の時、彌三と云者
- 275,1071,62,1806從ひ來て、廣東織緞子を傳受して歸國す、今の博多織是也、緞
- 157,653,63,2217子織は雪の下とて白緞子也、彌三織今に都鄙共に是を賞〓す、竹若家には
- 1442,1443,61,56組
- 392,649,60,202唐織絹
- 1473,1528,44,764○上略、筑紫鬼松、竹若家養
- 306,654,43,400拾遺には彌三
- 261,656,41,402左衞門とあり
- 1431,1523,40,759子ヲ約スル状ヲ載セタリ
- 1475,953,41,389七土産考上
- 423,876,42,106○中
- 661,2758,40,110○明
- 540,1604,39,105○中
- 617,2756,40,107和二
- 1431,948,41,180衣服類
- 382,873,39,38略
- 498,1598,38,37略
- 174,283,45,126彌三織
- 1910,720,45,425慶長十九年十月十七日
- 1910,2456,42,121四五四







