『大日本古文書』 伊達家文書 10 伊達家文書之十 p.615

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家紋三引兩竹に雀牡丹菊桐九曜雪薄, 母は喜多山氏、, 晴宗また竹に雀を用ひ、綱村にいたりて、近衞基興公より牡丹の紋をあたへられ、菊桐, 二十一郡、常陸國信太、筑波、河内、三郡の内、近江國蒲生、野洲、兩郡の内、下總國豐田郡の内等, -某, 〓、土屋但馬守英直を營中にめーてお不せ下され乃ところ、十年三月二十八日姫君かク, 内縫殿義門を老中太田備中守資愛か邸そめしあ、政干代いと〓なうして封を襲、國政の, 寛永系圖、はしめ二段頭を家紋とし、晴宗つときあらためて竹に雀を用もといふ、家傳, 事汝等こゝろを用ぬへきむ手、台命を傳ふ、九年閏七月三日、綾姫君を室に〓まふへきに, 磐井、本吉氣仙、膽澤、賀美、玉造、栗原、志田、遠田、刈田、柴田、伊具、亘理、名取、宮城、黒川、江刺、宇多, にをいて、すへて六十二万石餘を領し、仙〓の城に住す、〓ヽこの日家臣中村日向義景大, 寛政八年生る、八月二十日父卒するにより、奏者番本庄甲斐守道利をあてその喪をとは, 徳三郎, に、朝宗かとき、頼朝將軍より幕乃紋二端頭をたりはり、のち三引兩に改めて家紋とし, せずまひ、若君よりもしつさせたまふ、九月二十九日遺領を繼、陸奥國桃生、牡鹿、登米, 母は輔平公乃女、, 母は四女におなし、, せばまひ、若君よりもたつ手させたまふ、九月二十九日遺領を繼、陸奥國桃生、牡鹿、登米, 家臣伊達式部村幸に婚を約す、, に、朝宗かとき、頼朝將軍より幕の紋二端頭をたりはり、のち三引兩に改めて家紋とし, 女子, 政千代, れさせたまふ, 寛政八年生る、八月二十日父卒するにより、奏者番本庄甲斐守道利をあてそ乃喪をとは, 母は西村氏、, 徳三郎, 一藏, 寛永系圖、はしめ二段頭を家紋とし、晴宗つときあらためて竹に雀を用もといふ、家傳, 附録, 六一五

割注

  • 母は輔平公乃女、
  • 母は四女におなし、
  • せばまひ、若君よりもたつ手させたまふ、九月二十九日遺領を繼、陸奥國桃生、牡鹿、登米
  • 家臣伊達式部村幸に婚を約す、
  • に、朝宗かとき、頼朝將軍より幕の紋二端頭をたりはり、のち三引兩に改めて家紋とし
  • 女子
  • 政千代
  • れさせたまふ
  • 寛政八年生る、八月二十日父卒するにより、奏者番本庄甲斐守道利をあてそ乃喪をとは
  • 母は西村氏、
  • 徳三郎
  • 一藏
  • 寛永系圖、はしめ二段頭を家紋とし、晴宗つときあらためて竹に雀を用もといふ、家傳

  • 附録

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  • 六一五

注記 (30)

  • 455,758,60,1642家紋三引兩竹に雀牡丹菊桐九曜雪薄
  • 646,759,41,343母は喜多山氏、
  • 263,818,47,2062晴宗また竹に雀を用ひ、綱村にいたりて、近衞基興公より牡丹の紋をあたへられ、菊桐
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  • 720,650,56,79-某
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  • 1003,768,48,2103内縫殿義門を老中太田備中守資愛か邸そめしあ、政干代いと〓なうして封を襲、國政の
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  • 837,765,37,335れさせたまふ
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