『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.277

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ん、と有は、幼きものゝ踊をいふ、盆踊のならしにや、古き日記に、おくにがを, 有て、夫とはいはず、後世にを夫とおもひ誤りて、虚をつたへしものならむ, どりを、やこ子踊云々あるも、くにが是を踊りしをいふにて、おくに歌舞伎, 酒にひたし云々、加賀の八は何人なる歟しらず、七紋は七所紋にや、名古屋, さず、山三郎がことを懷橘談にいへるも、くにゝ早歌を教へ舞せたるのみ, 山三郎が紋は、土佐淨るり二段めの文に、伴左衞門みるよりも、あれに見え, 山三郎も風流のをのこなれば、かゝる者にも親しくせし事もあるべし、名, が繪にも、山三が紋に巴をかき、伴左衞門が紋には、菱めくもの付たり、山三, 古屋三左とあるは、西鶴が一代男に、色道二ツに、寢てもさめても、夢助とか, は、明らかにしるしたるは、東海道名所記のみにて、其外は夫を誰ともしる, へ名よばれて、名古屋三左、加賀の八などゝ、七ツ紋のひしにくみして、身は, 略鷹筑波集に、〓ほろ〳〵ともし火のもと、やゝこ踊、夜の更る迄ならすら, してうちんの紋は、巴とみえてあり、正しく、名ごや山三が紋云々、菱河師宣, が紋、三本傘付るは後の事なり、本のうへの事なれば、證とはなしがたし、五, 同じ、)諸説紛らはしく、定めかたくはあれど、試にいふべし、くにが夫のこと, 三郎, 國女ト山, 慶長八年四月是月, 二七七

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  • 三郎
  • 國女ト山

  • 慶長八年四月是月

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  • 二七七

注記 (19)

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