『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.711

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たまひしを、誓言を立たりしかば、以の外に御氣色かわらせたまひ、子をか, エ町ヲウタセテ、間數ニ能念ヲ入、五町目ト十町目ニ木ヲ植サセテ置玉フ、, の人畏り、全く左は候はすと申上しを、何條かりゆくなくてやはと、再三の, 大鐵炮手マ不取シテ放サセ玉フベキトノ工夫也、今世間ヲ見ルニ、居城ヨ, 其奢を戒玉ふにより、家老小笠原和泉守、自分の陣羽折高宮布にて作りし, に、背に壹尺四方程金絲にて圍を縫、内に同絲にて孔雀を縫ひたり、東照宮, リ五町在ル所モ十町アルモ、間ヲウタセ抔トシテ、知リタル大將ハ無キト, 右衞門稠干か家に在と當人云へり、其時戴き給ふ冑、白熊の引迴しに血付, 下野殿、武道之御嗜深カリシ、下野殿尾州清須ニ在城之時、城ヨリ東西南北, たるまゝにて、寺尾六郎右衞門家にありと、稠干物語りなり、, を、忠吉卿へ著せ參らす、孔雀の陣羽織は、〓〓〓〓に給り、于今小笠原三郎, 設たりしをきこしめされ、汝は子を持たるに、嘸可愛からんと仰られし、か, 見ヱタリト云ヘリ、, 機嫌妄語尾州松平薩摩守殿の近從の士、初て子を, 〔人見隨筆〕一薩摩守忠吉卿、十五歳初陣の時、純子ことく浮紋ある唐織, 〔新著聞集, 依奸篇, 第八, 忠吉ノ初, 陣, ノ嗜ミ, 忠吉武道, 慶長十二年三月五日, 七一一

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  • 依奸篇
  • 第八

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  • 忠吉ノ初
  • ノ嗜ミ
  • 忠吉武道

  • 慶長十二年三月五日

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  • 七一一

注記 (24)

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