『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.687

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渡邊了を始め、薄手を負し者き若干なり、, 止め、穴を掘り攻寄へしと命せらるぬに依て、死傷の者の捨置たる竹束, 川專助等働あり、公は、折節神君の本營に候し給ふに依て、渡邊勘兵衞此, 持楯等を取收むたしと、内膳, 渡邊高之助家乘十二月十二日の夜き、二番組の仕寄仕候、其夜は兩の, も、此時働ありて、武者振善し、猶此節も城中より、砲玉を發する事雨の降, 抱へて引取る、同屬下の小野正兵衞、百々彦右衞門、渡邊八左衞門等も、倶, に進んて、面々竹束を納む、出雲高清の從臣玉置平左衞門、加納藤左衞門, る如し、安波傳左衞門き深手を負て引退きしか、日あらすして卒に、其外, 軍法を背く事言語同斷なりとて、諸士を引揚らな、尚明日よりは仕寄を, せられ、公儀よりも、力攻の儀を、再三制禁せらるゝ處に、斯の如きの次第, たり、大木長右衞門も、所々薄手を負ふ、渡邊掃部か部下渡邊八左衞門、島, 事を嫡子長兵衞、並に青木忠兵衞, 自身一番に進み、附さしたる竹束を, 左衞門き是を見て駈付け、退き兼て理助を連て引退く時、是も倶に手負, を以て、是を注進す、公則駈歸り給ひ、此躰を見て怒ら, 慶長十九年十二月四日, り、此節出勤か、原註, 家譜に、忠兵衞は、前月不快にて、嫡子仁, 晦日疵を蒙るとの, 助父に代て預〓の足輕を引廻し、去る, 掃部事、, 原註、, 高虎家臣, ノ妄進ヲ, 憤ル, 六八七

割注

  • り、此節出勤か、原註
  • 家譜に、忠兵衞は、前月不快にて、嫡子仁
  • 晦日疵を蒙るとの
  • 助父に代て預〓の足輕を引廻し、去る
  • 掃部事、
  • 原註、

頭注

  • 高虎家臣
  • ノ妄進ヲ
  • 憤ル

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  • 六八七

注記 (27)

  • 430,712,59,1226渡邊了を始め、薄手を負し者き若干なり、
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