『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.970

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安次郎左樣, 度候へとも、状數多書申候へは、き、つき候て、書申事不罷候て、書中不能, 多筆候、恐惶、, 此事むつかしく成けれとも、小左衞門より仕出したる喧〓にあらす、彼よ, 一御四人え申入候、渡邊喜左御身心之事、彌御きも入候而可給候、万々申入, 人切殺し、殘る壹人之奉行を舟梁に搦付、姓名たしかに名乘置て立歸る、扨, し、跡ゟ追懸、島津家來之乘居ける船え飛込、奉行貳人之内壹人と、下邊四五, せ、江尻まて引取けり、小左衞門折節陸にありて、此よしを聞、其身壹人驅出, 駿府之城修築ありて、神君之御荷物、江戸より彼地に迴りけれは、國清公舟, り狼藉のうへは、やむ事を得されは、小左衞門助命あるへきとの事なるに, 六月廿日菅小左衞門(花押〕, 奉行菅小左衞門, 島津家之士、池田之加子に狼藉をしかけ、舟へ乘移り、加子四五人に手を負, 〔池田家履歴略記〕慶長十二年丁未菅小左衞門切薩士, に仰て、御荷物を船にて運漕せらる、駿州清水にて、, 菅小左衞門(花押), 六月廿日, 組也、其後父惣兵衞をも, 後の高麗陣に心はせありたれは、國清公播州に封をられ, し時、此小左衞門をめし出して、四百石をあへられ、小性, 三百石にて召出さる, 荷物運送, 奉行, 輝政ノ舟, 駿府築城, 爭鬪ノ状, 況, 慶長十二年六月是月, 九七〇

割注

  • 組也、其後父惣兵衞をも
  • 後の高麗陣に心はせありたれは、國清公播州に封をられ
  • し時、此小左衞門をめし出して、四百石をあへられ、小性
  • 三百石にて召出さる

頭注

  • 荷物運送
  • 奉行
  • 輝政ノ舟
  • 駿府築城
  • 爭鬪ノ状

  • 慶長十二年六月是月

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  • 九七〇

注記 (29)

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