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者甲斐國主なりといへとも、其身天下之守護職故、淺野右近を以自國, 政務を任したり、其後幸長紀州え國替しては、新宮城をは右近ニ與へ, 年者末子五郎右衞門え預, 士將ニ備るといへとも、實は右近の長臣ニ而、新宮の城代となる、以後, 出走して、五條と牧野との兩村に蟄居す、幸長乃憤り甚しくして、仕途, 之留守居城代とす、又戸田六左衞門を郡代職ニ備へて、右近ニ相副て, 左衞門の官祿故の如くニして歸參せしむ、是より今に至て淺野家の, を禁して浪牢となる、同十一年、長政夫婦紀州若山ニ往て、城中ニ而双, 父又兵衞尉長忠は、右長勝之兄故、右近と六左衞門も從弟也、於爰長政, 右衞門尉長勝之妹聟ニ而、長政と六左衞門とは從弟也、亦淺野右近之, て、彼戸田を士將ニ列して、新宮の爲城代、依之戸田者、行末右近之被官, と可成事を計りて、無本意述懷を以、慶長六年、暇を乞捨ニして、和州に, 身ゆへ旦暮に艱難多しといふ、長政夫婦聞て、則幸長の赦免を受て、六, 養育すといへとも、小, 六之遊興之時節、彼六左衞門の老母來言有て、嫡子六左衞門浪人故、近, 恩有て、都合千五百石を釆地す、此人の父戸田吉右衞門登直は、淺野又, 慶長十九年十二月十二日, 戸田五郎右衞門と號, すは、幸長の仕官也, 新宮城代, 職トナル, 甲斐郡代, 大和ニ蟄, トナル, 居ス, 勝直歸參, ヲ許サル, 八五一
割注
- 戸田五郎右衞門と號
- すは、幸長の仕官也
頭注
- 新宮城代
- 職トナル
- 甲斐郡代
- 大和ニ蟄
- トナル
- 居ス
- 勝直歸參
- ヲ許サル
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- 八五一
注記 (28)
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