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て、此の使の人々は、ちり〳〵になりぬ、此後は源右衞門は北國加賀の家へ, し也、然ル處に、淀殿より大御所樣え御使あり、四人といふ、京極の常高院、, かは、大坂に仕へてく名乘を改めて今木源右衞門と名乘し、今木をいまきと, 仕へ、千石迄領しく、淺井源右衞門と名乘し、能士なまは、利長の肥前殿へも, 名か、又は源右衞門新恩にて領せし地の名のおほつかなし、とて此源右衞, もなり給へし、しかれはたゝいのにもしても、秀頼の御一命はのりを申請, りにつけられしか、肥前守殿死去之後、腹切て死し也、これはおもふに大坂, 門は、淀殿に近き人なれは、大坂落城の時は、是も淀殿供して〓藏にこもり, はるゝ由也、既に倉を出てく後は、はや糒倉に火かゝりてすへきやうなしと, となふへきなるに、コンボクととなふといふは、今木も又近江なとの地の, 人は二位尼、一人はこの源右衞門、腰一人はとにや、淀殿はこれにていかに, 云傳て、淺井の長門といひし者あり、淺井沒落せし後、又淀殿の繋榮ありし, にく死せさる事をよに無念に思へとも、死所を得されは、せんかたなかり, ル者ノヨク心ヲ付工夫シテ、後學ニスヘキ支ノ端ナルヘシ, 淺井の家に、淺井絶なは長門繼へしと, 〔老談一言記〕, 〓十四所收略, 一○遺老物○上, ○遺老物, ○上, 語一, 位局等ト, 衞門, 秀頼助命, 今木源右, 常高院二, 前田家ニ, 源右衞門, ノ使ニ赴, 源右衞門, クトノ説, 仕フ, 元和元年五月七日, 一〇○六
割注
- 〓十四所收略
- 一○遺老物○上
- ○遺老物
- ○上
- 語一
頭注
- 位局等ト
- 衞門
- 秀頼助命
- 今木源右
- 常高院二
- 前田家ニ
- 源右衞門
- ノ使ニ赴
- クトノ説
- 仕フ
柱
- 元和元年五月七日
ノンブル
- 一〇○六
注記 (34)
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