『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.35

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つとめて兵を多く引卒し, 康公聞召ける、其上病重かりし故、やをおとろへ給へるを御覽有て、氣色い, 忠之き、十月の初とり、傷寒を病て甚疲勞し給ひしか共、大坂陣に發向すへ, 一小熊には左近置可申事, に出て拜〓し給ふ、右衞門佐、大病いまた不快候へとも、縱病死仕候共、御陣, 一罷上候時、押太皷三百人ニ壹宛打せ、人數揃見可申事, 一家中指物のねりぬき、并番具足番鑓かし可申事, に立候半由しゐて申に依ふ、家人共に早速參着の由、長谷川左兵衞申上、家, 一備人數割は年寄共致談合、いか樣にも可然樣可仕事, きよし下知を受て、縱陣中にて病死す共、いかてか上らてき可有とて、病を, 一日、長政より家康公へ鉛三千斤を献をらる、同十九日、忠之、兩將軍の御前, 一國本には備後、右近、織部留守可仕候、備後人數大膳頓〓申候者可申付事, 一罷上候時堅法度を可申付候、背者は成敗可申付候、組頭ニ誓紙させ可申, 以上, 速に上り給ふ、十二月十, 事, 餘ノ軍兵ヲ率シトアリ, 家譜ニハ、壹萬, ○黒田, 忠之ノ病, 症, 慶長十九年十二月十九日, 三五

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  • 餘ノ軍兵ヲ率シトアリ
  • 家譜ニハ、壹萬
  • ○黒田

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  • 忠之ノ病

  • 慶長十九年十二月十九日

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  • 三五

注記 (23)

  • 758,641,54,769つとめて兵を多く引卒し
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  • 405,636,61,2210に立候半由しゐて申に依ふ、家人共に早速參着の由、長谷川左兵衞申上、家
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