『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.72

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あふなき事ニて御座候つると存申たな事ニ御座候、, 日數之内諸手より手早ニ埋、平陸掃除等仕舞也、, 被成候段、如何に奉存候、兩人御だしぬき候上き、さくをぬき候計にてはう, 可申と申合たるよしに御座候、然處廿日の宵に御曖になり申候趣、御觸御, 時の聲を上ケ、其紛に柵の根を切、綱をつけ、御引取可被成よ被仰合候、此儀, れしくも無之候間、高山樣さくを御ぬき被成候はゝ、仁右衞門、勘兵衞は乘, 候間、惣乘の前かとに、高山樣御自分之御手先新七郎町場のけくを御ぬき, 座候ニ付、さく御引被成候事も止申候、其夜さくを御ぬき被成候はゝ、仁右, 仁右衞門、勘兵衞ニ御かくし被成候へ共、兩人も承つけ、兩人を御だしぬき, 櫓塀を崩入、其外材木石土埋樣色々其手々々有才覺也、諸大名堀埋候事數, 可被成〓新七郎に被仰付、極月廿日の夜半時分、石火矢つるべ〓炮を打懸、, 衞門、勘兵衞乘申にて可有御座候哉、御法度御やふり被成候になり可申に、, 日手間入也、高虎公も應御分限、堀埋丁場相渡、埋樣手廻し才覺色々被仰付, 〔藤堂家臣西嶋氏留書〕堀の底にさく在之候ては、城乘の時邪魔に成可申, 堀うめ普請之時、早朝ニ高山樣御普請場へ御出被成候處、物頭衆壹人も居, 攻撃ノ準, 藤堂氏總, 備中和議, 成ル, 慶長十九年十二月二十一日, 七二

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  • 攻撃ノ準
  • 藤堂氏總
  • 備中和議
  • 成ル

  • 慶長十九年十二月二十一日

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  • 七二

注記 (21)

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