『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.291

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を直し申候, 借被遊候御米一万俵、, こと共に御坐候、別て四月末より五月ニ入、町はつれ四方には、死人をつみ, 々へ買調中候、この米直段ハ、銀一文目に付七合つゝに買上申候、然ルに四, にもこれなく、此末とてもあるへからす程のことに御坐候、右死人を積候, 人一人に付、八升つゝ人別に御救米被下置候、これにて地下のものとも色, 月下句にいたり、右米を給候もの、久しく腹中へ米飯を斷候て、穀氣絶候處, 今年の作体も、前年よりの人民の精力つゝかさるゆへか、又種籾あしき故, 四方御城御堀の邊に、餓死のもの何程と申數限りこれなく、御堀へ埋申候, 明家はのりに罷成申候、然るに五月十四日、先達て被傳上候越後ニ於て拜, 程の處も、爰かしこに御坐候て、これを見るに、目さましく、目もあてられぬ, 重ね置申候處、幾所と申數も御坐なく候て、死人の山をつき申候躰は、前代, へ、俄に米飯を喰申候故、米飯腹中ニ當り、彌死候もの夥しく御坐候、弘前の, は、山のことくに見へ申候、是を餓孚山と申候よし、在々は勿論、町々も大方, し候ゆへ、町在の者とも、思ひ〳〵に買調可申旨、御ぬれにて御坐候ゆへ、町, 御國へ著岸いたし候て、右御米を國中の, るは非也, 一万石とあ, スル者多, 拜借米到, 餓〓山, 食シテ死, 穀氣ヲ絶, 死骸ヲ威, ノ堀ニ埋, シキ故米, ツコト久, 著, 元和元年是歳, 二九一

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  • るは非也
  • 一万石とあ

頭注

  • スル者多
  • 拜借米到
  • 餓〓山
  • 食シテ死
  • 穀氣ヲ絶
  • 死骸ヲ威
  • ノ堀ニ埋
  • シキ故米
  • ツコト久

  • 元和元年是歳

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  • 二九一

注記 (30)

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  • 617,623,58,645借被遊候御米一万俵、
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