『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.292

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

此卯の年懷姙いたし候婦人より、辰の年に生れ申候子ともは、母かあたり, 人數八十三人御座候、其とき此八十三人のものともへ、御褒美として知行, 七十年になる, 穗と申種籾を貯へ持合候て、田地作り植候もの乃分は、少々實のり能作に, 下し置れ候、是を赤穗立八十三騎と申傳候、其せいを以て、人も左迄草臥不, 出來、手取申候て、右米を上へ差上候、この節御國中の補初米出し申候、この, 御郡中に一向これなく候、依之御當地に四十九の辰の年生れのもの、町の, ぬものを給候ゆへか、年の内に皆流れ捨候故、卯辰兩年の間に出生のもの, 然る處、御藏の屋根朽、敷板なとも破れ申候て、預りの方々より此次第申上, 歟、散々不作いたし候、然とも此年御國にて、代々傳り用へ來り候譜代の赤, 傳申候、此飢饉以後、信枚公自然の爲被思召、籾粟なとを御貯數多被差置候、, 拂に相成候て、その後ハ御支度御坐なく候、此飢饉より寛政五丑年まて百, 御藏の相續申上候へは、當分籾粟拂りせ可被成よし御意なされ候に付、御, 申て、可なりにつゝき申候、この年御國諸方の田地大かたすたり申候、就夫, 中にはわつか四人ならて之なきよし、在郷には一人もこれなき由、人々申, 十三騎, 信枚籾堊, 赤穗立八, ヲ貯ヘ凶, 年ニ備フ, 々實ル, 流産多シ, 赤穗米少, 元和元年是歳, 二九二

頭注

  • 十三騎
  • 信枚籾堊
  • 赤穗立八
  • ヲ貯ヘ凶
  • 年ニ備フ
  • 々實ル
  • 流産多シ
  • 赤穗米少

  • 元和元年是歳

ノンブル

  • 二九二

注記 (25)

  • 1101,619,64,2222此卯の年懷姙いたし候婦人より、辰の年に生れ申候子ともは、母かあたり
  • 1450,627,65,2221人數八十三人御座候、其とき此八十三人のものともへ、御褒美として知行
  • 172,612,56,422七十年になる
  • 1686,627,63,2217穗と申種籾を貯へ持合候て、田地作り植候もの乃分は、少々實のり能作に
  • 1334,623,64,2225下し置れ候、是を赤穗立八十三騎と申傳候、其せいを以て、人も左迄草臥不
  • 1567,629,67,2209出來、手取申候て、右米を上へ差上候、この節御國中の補初米出し申候、この
  • 865,619,69,2217御郡中に一向これなく候、依之御當地に四十九の辰の年生れのもの、町の
  • 985,631,63,2220ぬものを給候ゆへか、年の内に皆流れ捨候故、卯辰兩年の間に出生のもの
  • 514,615,67,2234然る處、御藏の屋根朽、敷板なとも破れ申候て、預りの方々より此次第申上
  • 1799,624,69,2226歟、散々不作いたし候、然とも此年御國にて、代々傳り用へ來り候譜代の赤
  • 630,613,67,2240傳申候、此飢饉以後、信枚公自然の爲被思召、籾粟なとを御貯數多被差置候、
  • 283,612,63,2225拂に相成候て、その後ハ御支度御坐なく候、此飢饉より寛政五丑年まて百
  • 398,615,67,2226御藏の相續申上候へは、當分籾粟拂りせ可被成よし御意なされ候に付、御
  • 1216,624,65,2221申て、可なりにつゝき申候、この年御國諸方の田地大かたすたり申候、就夫
  • 752,619,60,2223中にはわつか四人ならて之なきよし、在郷には一人もこれなき由、人々申
  • 1331,258,40,126十三騎
  • 703,251,40,170信枚籾堊
  • 1377,258,43,163赤穗立八
  • 659,258,40,162ヲ貯ヘ凶
  • 614,248,40,168年ニ備フ
  • 1686,266,37,108々實ル
  • 1003,255,40,162流産多シ
  • 1726,258,42,169赤穗米少
  • 1927,697,43,253元和元年是歳
  • 1919,2437,39,113二九二

類似アイテム