『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.673

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も、僕一人は持論を主張致候へと、大老は元來の紀州、伊賀抔も近比となりては、是迄の樣, 候へは、退坐の後に不遜不恭を振舞ふ樣に後言ありて、彼等か申事は善しとも通らぬ成, にも言はす、外國の事も大老は更に不案内、思ふ樣になる事〓とおもはるゝにや、此方の, はおのか方人なりしか、大老の出來し後は、夫か後ロ鞍に乘りて、僕を壓し倒さんとする, 氣色も見えて、いと心外なる事共にこそ候へ、海防懸りも是迄の振合に豐々の議論と及ひ, を謀るよしに誣られて、危氣に見え候なり、僕迚も如何になるにやと心ならず候へと、打, 行なれは、僕獨り如何んとも爲んすべ候はずと、快々の色顯はれけれは、公、西城の事な, しほれて申さる、公、かゝる時に當りて、足下なとさる心弱きさまにて、天下の事は如, 大名なんとの事にも候はゝ、及ふ限りは謀らひ見申へきなれは、御心おかす申聞給ふへ, 事にまれ御片手ともなる筋も候はゝ承ルへく、廟堂上の事は力の及ふへくも候はねと、諸, し、同志の者共へも申合すへくなと仰けれは、備中殿深く歡はれて、さん候、西城の御事, 得手によき事計り申さる故、指當り肥後なと殊に迷惑こ及ひ候なり、丹波も民部も皆廢立, とも定めて差縺れ候へし、此事によりては一トわたりならす勞し參らせし事に候へは、何, なりたりとて、辱ちかゝやかしにきためらるゝには殆困し入りて候なり、伊賀抔も是迄, ふ如く大老の權威殊之外強くて、僕の京師の所置あしくて、關東の御威光も二の次きに, 安政五年四月二十五日, ク正睦壓倒, 大老ノ權強, セラル, 安政五年四月二十五日, 六七三

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  • ク正睦壓倒
  • 大老ノ權強
  • セラル

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六七三

注記 (21)

  • 680,641,75,2227も、僕一人は持論を主張致候へと、大老は元來の紀州、伊賀抔も近比となりては、是迄の樣
  • 1374,630,79,2229候へは、退坐の後に不遜不恭を振舞ふ樣に後言ありて、彼等か申事は善しとも通らぬ成
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  • 1606,638,74,2211はおのか方人なりしか、大老の出來し後は、夫か後ロ鞍に乘りて、僕を壓し倒さんとする
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