『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.691

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御奉公に、身命を抛候て稼き候、差ふ公方えの御奉公たてに不仕候故、御感, もとの〓く卷納、戴て懷中仕、本多佐渡守に向て、御吟味の御文言、殘所もな, 隨分御奉公申上候て、人をは越共、人に不被越候、其上今度程の事を、我等功, く辱仕合と申上罷立候、皆人感し譽申候、其砌上意にず、今度家中手柄仕候, 歸候、諸人舌を震ひ感申候、上杉二の先安田上總介、今度鴫野にて第一の手, に立可申樣無之候、今にはしめす不珍事に候、就中我等に不限、屋形樣への, 今度鴫野表にては、いつれも精を出しくれ候て滿足仕候、乍去大坂方弱敵, 柄いたし、横鑓にて、大坂方〓崩し、味方の勝に成候得共、直江山城と中惡候, 如此候、三人き御感状戴て罷立候、杉原常陸計御前にて、御感状披き拜見仕、, 故、書付に不入、上聞に不達候故、御感状不被下候、其後景勝前へ皆々を呼出、, と被仰候、常陸不取放、輝虎以來、弓矢のあたゝまり殘り申由御挨拶申上罷, 我等一人き、誰も執次不申、御感状不致拜領候へとも、古より數度の合戰に、, 大炊、杉原常陸、島津玄蕃、銕孫左衞門御感状被下候、皆々御前へ被召出候て, 也、輝虎以來、武邊仕馴たる各なれは、氣遣もなくあふなけもなかりしと被, 申候、安田上總介進出、各き仕合能上聞に達し、御感状拜領にて、目出度存候、, 續ト仲惡, 介直江兼, ラレズ, リ推賞セ, 安田上總, シギ二ヨ, 安田上總, ノ態度, 杉原親憲, 介ノ述懷, 元和元年正月十七日, 六九一

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  • 續ト仲惡
  • 介直江兼
  • ラレズ
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  • 安田上總
  • シギ二ヨ
  • ノ態度
  • 杉原親憲
  • 介ノ述懷

  • 元和元年正月十七日

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  • 六九一

注記 (27)

  • 292,634,70,2218御奉公に、身命を抛候て稼き候、差ふ公方えの御奉公たてに不仕候故、御感
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