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らるゝ乃ところ、こゝにいたり〓信昌に賜ふ, にめしくはたらるたしとの御書をたまふ, むとの御諚あり、, により、御誓書を急加齋に下され、十一月二十八日、食祿を〓あひ、御家人, 急加齋を師とせ刺か、いはくしかり、又仰に、余も若かりしとき、其流を學, 二年十月二十八日、家臣急加齋を岡崎にめさ役て、劒術を學はせをまふ, に屬すといへとも、ぬたゝひ御味方に歸順し、しは〳〵戰功をはけあす, てこの城を攻るといへとも、戰ひ利あらさよ〓を憤り、五月朔日、, 八日、さきに長篠城を得たまひ〓、乃ち諸士をしてかはる〳〵守らしめ, ふといへとも、事繁きかゆへに怠れり、凱旋のゝち、必彼に面會したたは, 天正元年八月、信昌、さきに貞能とゝもに、面むことを得すして、武田家, 〓ヽ因て塀櫓を修理し、かたくこれをまもる、武田勝頼しは〳〵兵を出し, 〓、みつから一万八千乃兵を率〓、城を圍み、竹束をもつて仕寄をつぎ、金, 三年二月二十, 元和元年三月十四日, 或ハ四, 急加齋は貞久か四男、兵庫信丘ろ曾孫にして、奥平孫次, 月二十, も、其後病によりて務をゆるされ、信昌つ許にありといふ, り、其家傳に、急加齋めされきて御臺所役を〓とむとい〓と, 急加齋ろ子孫、今奧平次郎右, 郎公重と稱す、はしめ甲斐國の處士上泉伊勢守秀綱ム, 衞門某といひて世々家臣た, 參籠し、夢中に太刀を授りしより、奥山流と唱へ、世人呼て奥山急加齋と, 門に入て、神影流の劔術を學ひ、終に其奥〇を極め、三河國奥山の明神に, 稱, 家譜ニハ、長篠城, 元年九月ニ係ケ, ○奥平, す, 津中, 賜フ, ヲ急加齋, 仕フ, 信昌長條, 二學ブ, ヲ賜ハル, ビ家康ニ, 家康劒法, 信昌等再, 加齋ニ學, ブ, 九二〇
割注
- 或ハ四
- 急加齋は貞久か四男、兵庫信丘ろ曾孫にして、奥平孫次
- 月二十
- も、其後病によりて務をゆるされ、信昌つ許にありといふ
- り、其家傳に、急加齋めされきて御臺所役を〓とむとい〓と
- 急加齋ろ子孫、今奧平次郎右
- 郎公重と稱す、はしめ甲斐國の處士上泉伊勢守秀綱ム
- 衞門某といひて世々家臣た
- 參籠し、夢中に太刀を授りしより、奥山流と唱へ、世人呼て奥山急加齋と
- 門に入て、神影流の劔術を學ひ、終に其奥〇を極め、三河國奥山の明神に
- 稱
- 家譜ニハ、長篠城
- 元年九月ニ係ケ
- ○奥平
- す
- 津中
- 賜フ
頭注
- ヲ急加齋
- 仕フ
- 信昌長條
- 二學ブ
- ヲ賜ハル
- ビ家康ニ
- 家康劒法
- 信昌等再
- 加齋ニ學
- ブ
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- 九二〇
注記 (43)
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