『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.455

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ゟ檜木笠の馬驗名と氏を承度候、只今の人數使懸引目を驚たると呼る、岸, 散々に戰ふ、勝入家士森寺清右衞門檜木笠の馬印にて乘廻し下知す、敵方, 打寄て云けるは、此人明日軍に勝て、此所を領知せらるゝに於ては、百姓は, 父子川手の方より進み、敵を脇に見るまて押出し、敵眞中へ横合に打て懸, 皆潰ぬべし、いさ一揆を起して、軍にたりを付みんとて、若き者とも用意し, したる事は、昨日明智光秀か軍勢、西岡、勝龍寺、上山崎、下山崎邊に陣取しか、, 兵左衞門此時能働す、勝入横合に〓立れは、敵むら〳〵と崩る所に、勝入軍, 敷指擧、鐵炮をならし、鬨を揚けれは、松田か勢うし海を見しより裏崩しけ, るとなん、高山右近と齋藤内藏助と、火花を散し喚き叫て戰ける所に、池田, て、彼天王せり合最中に、五六百人うし海より山の根かたを取て、紙旗事々, たるへしと、走り渡りて呼はりける程に、我先にと持運ける、去程に、百姓等, 民屋に亂入し、馬の飼具其外理不盡に奪取、其上家々に粥を〓て可運、老人, る、是を見て、加藤作内、木村隼人中村孫平次眞先に懸て鑓を入る、亂合入違, るか、裏崩れする處に、前よりは中川、堀、軍兵を勵して切靡追打ける、此裏崩, は其手遣をし、若き者は急キ持はこへと觸たり、又重而遲參の輩は、急打捨, 衞門, 森〓清石, 恒興齋藤, 崩ス, 合ニ打ツ, 裏崩ノ原, 利三ヲ横, 齋藤勢崩, 松田勢裏, 因, 天正十年六月十三日, 四五五

頭注

  • 衞門
  • 森〓清石
  • 恒興齋藤
  • 崩ス
  • 合ニ打ツ
  • 裏崩ノ原
  • 利三ヲ横
  • 齋藤勢崩
  • 松田勢裏

  • 天正十年六月十三日

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  • 四五五

注記 (27)

  • 399,647,66,2187ゟ檜木笠の馬驗名と氏を承度候、只今の人數使懸引目を驚たると呼る、岸
  • 512,640,69,2192散々に戰ふ、勝入家士森寺清右衞門檜木笠の馬印にて乘廻し下知す、敵方
  • 1327,643,67,2192打寄て云けるは、此人明日軍に勝て、此所を領知せらるゝに於ては、百姓は
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  • 1212,641,65,2201皆潰ぬべし、いさ一揆を起して、軍にたりを付みんとて、若き者とも用意し
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