『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.29

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松平, る、忠利こたへ申やう、亡父家忠か〓、つ手におもひに気學す、若上方に御合, 人にして、從士もまた少からす、い〓ちにあらんも忠義にしたりあるへか, ろしく執し申のれよと、むたすらこひけ〓に、正純おほを違背あるへつら, れき、舅水野出雲守重仲とゝもに、つきだひまいらすへきよしおほを下さ, 松平, 聞しめさ〓、申所〓はりなれと、常陸介によき家人すくなし、汝て累代の家, 戰あらは、先かををう〓た〓はらんとこだ存すま、ねのはくはこのよしよ, おこりしには二條城にして、本多上野介正純もて、常陸介頼宣卿御幼年な, 次と〓、とりあはさりしかは、すなはち御前に參り〓愁訴しけなに、東照宮, 元和元年、ぬ〓ゝひ軍おこり, らす、枉あおほせにしたろふへきよしなりけれは、したゝひ辭すた〓あた, はすし〓、頼宣卿につきまいらす、, 昌、戸田因幡守忠能等、東三河の諸士とゝもに、紀伊頼宣卿乃御手に列す、, 元和元年、ぬたゝひ大坂に御, 發向乃ときは、頼宣卿に屬す、, しには、父家信病ありしかき、康信陣代となり、松平主殿頭忠利、同玄蕃頭清, 〔寛政重修諸家譜}, 〔寛政重修諸家譜〕, 康信, 清昌, 若狹, 玄蕃, 二十, 二十, 守、, 竹, 形, 頭、, 原, 谷, 二, 松平清昌, 松平康信, 松平忠利, 元和元年四月四日, 二九

割注

  • 若狹
  • 玄蕃
  • 二十
  • 守、
  • 頭、

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  • 松平清昌
  • 松平康信
  • 松平忠利

  • 元和元年四月四日

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  • 二九

注記 (37)

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