『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.353

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元和元年の役には、御先手水, 所領, 松倉重政, て、其事を告、これにより藤堂將監嘉以、奧田三郎右衞門忠次等も、はせ加は, る雜兵數人を擒り、首一級を獲て、二條城に献す、東照宮御感ありて、こ〓こ, の役に首を得のはしめなりとて、血祭のことを仰出され、重政か使者に黄, りて、ともに追撃のところ、敵兵これをきゝて、すずに引退きしかは、のこれ, 重次南都にあり〓、裝のよしをきゝ、奧田三郎右衞門忠次とゝもに郡山に, 利勝か組にあり、五月、大坂乃兵奈良を燒はらはむとのきこありしかは, 元和元年大坂御陣のとき、敵兵大和國郡山に出て放火す、, 〓む、, 台徳院殿乃仰をう〓て、鳥居土佐守成次とゝもに彼地にいたり、これをし, し、すてに郡山乃城下を燒、重政参の告をきゝ、直に兵を出し、使を近邑に馳, にあり、四月二十七日、大坂の兵大和に出て、所々に放火, 松倉重次, 野日向守勝成か手にくはゝりて、出張すへしとの仰をう〓たまはりて、其, 〔寛政重修諸家譜〕, 金をたまふ、, ○大和宇智郡, 豐後, 十左, 衞門、, 十五, 二見村五條, 千百二, 守、, 松倉重政, 血祭, 追撃ス, 重政敵ヲ, 等郡山ヲ, 援フ, 松倉重次, 元和元年四月二十七日, 三五三

割注

  • ○大和宇智郡
  • 豐後
  • 十左
  • 衞門、
  • 十五
  • 二見村五條
  • 千百二
  • 守、

頭注

  • 松倉重政
  • 血祭
  • 追撃ス
  • 重政敵ヲ
  • 等郡山ヲ
  • 援フ
  • 松倉重次

  • 元和元年四月二十七日

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  • 三五三

注記 (35)

  • 1564,2026,60,848元和元年の役には、御先手水
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