『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.696

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らひ、陣屋に歸、帶ときひろけふせり被申候、あんの〓く七ツ半時過に、敵く, り引に、大坂さして引取申候、山城守前かたのさけすみ少も不達、無類の下, 取度旗色相見へ申候得共、付込を大事と存候な引兼罷在敵ニ〓候、此時討, も成可申候、其上敵の旗色御らん可被成候、朝合戰ニ少し逢候ふ、敵草臥引, 合戰御始候は、申の刻の終りには合戰に御勝可被成候、それゟ敵を押立、大, 申もの無之、山城守諫言、上總介殿御用ひ無之候ニ付〓、山城守御前を立は, ゝ、天下ニ又ならひなき働の上總介殿と日本に御名はひこり可申候も、只, 介殿え山城守諫申候、對馬守、丹波守兩人も、右之段可然と申候へとも、上總, 坂天王寺指て追討ニ不殘討取可申候、それゟ直ニ城中大手まて押付候は, 戰なさせ、諸卒見物しては居られまじく候、左候得は、上總殿御手六七万ニ, 今のうちの義ニ而御座候、早々思召立、先手え被仰付、合戰御初可然と上總, 介殿御用ひ無之候、御傍衆の内正木伊豫守壹人、山城守前え進出申樣、餘人, の儀は不存、我等者山城樣御下知次第に候と申候、伊豫守外は壹人も進み, 知陣中にかくれなく、上下感入候、御歸陣以後、將軍樣御意にも無比類、山城, すは、七ツ半時過、呉にかゝり、敵引取可申躰ニ候、今日は未の上刻ニ候、只今, (暮), 元和元年五月六日, 六九六

  • 元和元年五月六日

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  • 六九六

注記 (18)

  • 410,647,63,2236らひ、陣屋に歸、帶ときひろけふせり被申候、あんの〓く七ツ半時過に、敵く
  • 291,646,67,2235り引に、大坂さして引取申候、山城守前かたのさけすみ少も不達、無類の下
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