『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.756

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にも立忍ひ罷在候へと御申、玉虫對馬、林平之允其外花井已下の家老共を, 呼出し、上總介殿おもひ寄の〓く被申出、相談あられ候處に、玉虫も林も口, 差向ひたる宜キ場所を御取堅め、いつ何時も一番合戰を可被成とさへ被, に候處に、今度の惣先手の義者、井伊掃部、藤堂和泉守兩人え被仰付候うへ, 押詰、城中より〓て出候はゝ、即御一戰を被遂、敵出不申候はゝ、虎口きはえ, 仰付候と在之段き、上方ニ於ても取沙汰仕り承りしる事ニ候、私存候は、大, ひ不申樣に存候と申けれは、忠輝公御聞あられ、我等義も、兼而より其心懸, ては、其段をは此老甫に御任を置可被成と申候へは、忠輝公にも殊之外に, 思召候へは事濟申候、自余の大名とき違ひ、井伊藤堂の輩も、御前樣と前後, 坂表え御着陣に於ては、此方の御備を惣軍の先へ御進め被成、敵城近く御, 悦喜あられ、近比過分なる事共に候、然るに於ては、其方儀はしはらく何方, 憚私の存候は、今度の儀者諸手に勝れしる御働きをも不被遊候ふは相叶, を爭ひ申義き罷成申間敷候、其うへにも兩家の者共、異儀に及ひ申母おゐ, にはいかゝあるへきやと御申ニ付、老甫重〓申候は、右の兩人へ御先手被, をそあへ、それは以の外成御不了簡ニ候、今度井伊藤堂の兩家を以、御先手, 廣照ノ策, 玉虫林等, ヲ斥ク, 元和元年五月六日, 七五六

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  • 廣照ノ策
  • 玉虫林等
  • ヲ斥ク

  • 元和元年五月六日

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  • 七五六

注記 (20)

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