『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.146

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も此方は不堪なり、是非斷りおくとの仰セにて、聞入れさせ給はねは、圓四郎たまり兼、御, り行はせ給はゝ御充分之御義に候はすやと申上るに、申セは左樣に候へとも、如何にして, 見ならては適ひ難く候や、とりも直さす御前の御後見を御頼にて、御相談の上御大政を執, 大丈夫なりとおもへるなり、田安のみ孤立しては危けれと、越前あれは安心なる故に申そ, は推戴希望仕候はぬは候はぬに、さる言ひ甲斐なき思召にては、有志の缺望解体も眼前, 謙遜も事と品により申へし、かゝる天下の形勢を御覽しなから、十万石を御素餐被遊候て, の卿には是迄御令名も伺ひ奉らす、御美事も聞えす候へは、推賢讓能の御趣意とも伺ひ難, て諸侯・諸有司・閣老衆迄も、遂に左袒に及ひたるにて、草莽之士庶に至るまて、有志の輩, と仰らる、圓四郎、越前との御後見は御尤の思召付には候へとも、越前公は田安公の御後, 御慊く被思召候哉、此節さる御評議となり候も、第一越前公の天下の爲に心力を盡され御, 周旋の次第は、前代の記録にも見聞仕らぬ御誠意にて忠誠絶言語候御事なる故、驥尾に付, にて、天下は爲すへき事の候はす、夫は如何に被遊候哉と申上しかは、越前の心底は世に, 頼母敷、又我等か身に取候ても、此上もなき果報願ふて出來る事にはあらす、兩親の歡ひ, くと申上けるに、如何にも田安は格別の事もなけれと、田安には越前といへる後見あれは, 家への追孝、天下へ對し面目の至り、人間に生を禀て是程の本懷、餘にあるへき事とも思, ハ推賢讓能, 慶喜ノ辭退, ト云ヒ難シ, 喜ヲ推戴ス, 有志者ハ慶, 安政五年三月八日, 一四六

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  • ハ推賢讓能
  • 慶喜ノ辭退
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  • 喜ヲ推戴ス
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  • 安政五年三月八日

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  • 一四六

注記 (22)

  • 1160,648,65,2218も此方は不堪なり、是非斷りおくとの仰セにて、聞入れさせ給はねは、圓四郎たまり兼、御
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