『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1109

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長曾我部家人に廿牧勘解由とて武功の人あ, 某も鑓を引づりて引退し時、和泉守殿の母衣頭に名村石見といひし武功, のもの某をみかけ、返して勝負をせよとのゝしる、懸引は時によるへし、お, けむ、又功者にてもやありけむ、南の方へ箆ため形にゆく落人のありける, に、さしかゝりて勝負すと見へたり、その落人何の何某とかや申せしか、そ, といひて、鑓くすねをとりて二人共に引返す、その時石見なにとかおもひ, れか名わすれたり、終にそこにてうたれけり、ほとも近くありしほとに、た, 木權兵衞といひしもの、勘解由殿我こゝに居合たり、返し合せて勝負あれ, り、此人我に語りするは、大坂八尾にて藤堂殿と長曾我部殿と戰ふ、朝の合, とされ、泥まふれにて、大坂城中へ返り、玄關にて申は、諸人をうたせ罷歸段、, 戰のときに、某も似合の高名なとしけるに、後の合戰にみかたうちまけて、, のれはくそをくらへといひて退く、その折ふし某か妹聟にてありし伊尾, 各に面目なしと申さる、頓て御前に召し、秀頼公の御意に、骨折なりとて、廣, 六日の朝、長曾我部黒具足に唐冠の耳片々打お, 蓋にのせ時服二ツ被下と也、永原松の坊親く見之とて語らる、, 〔老將坐談, 〔備前老人物語〕, ○阪役叢話, 八十五所收, ○遺老物, 語所收, 勘解由ト, 家人廿牧, 藤堂家臣, 長曾我部, 名村石見, ノ状況, 盛親歸城, 元和元年五月六日, 一一〇九

割注

  • ○阪役叢話
  • 八十五所收
  • ○遺老物
  • 語所收

頭注

  • 勘解由ト
  • 家人廿牧
  • 藤堂家臣
  • 長曾我部
  • 名村石見
  • ノ状況
  • 盛親歸城

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一一〇九

注記 (30)

  • 1450,1498,61,1352長曾我部家人に廿牧勘解由とて武功の人あ
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