『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1148

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さきよく打死してけり、, ○以下増田盛次ノ事ニ係ル, 宗なりとて、右の首は兵大夫ニて究まりぬ、, よはゝりたりけれは、軍勢聞傳て眼をつけかへ勢を得て、たちまちしつま, 於名古屋、増田兵大夫就御陣觸之御沙汰、殘一, の脇指當寺に納置ぬ、後來此割符を持參して、此脇指を申受は、無疑其者に, 城し、冬陣の時藤堂高虎の手にて、磯野平二郎敵の首討取、首をは捨て、脇指, りてけり、兵庫頭暫時のはかりこと神妙也、その首尾相應してそこにてい, 江の菩提所へ立より、住持に逢て云、今如此仕合に付、大閤より所賜の貞宗, 渡し可給と云分れ出ぬ、其後大坂夏陣之節、長盛か子兵太夫者、尾州忠吉君, 計取來り、陣屋へ歸、脇指を披露す、是は正敷太閤より増田長盛に所賜の貞, 御家より浪人し、彼割符を盛長より受得ては當寺へ持參脇指受取、大坂籠, 封之書逐電、入大坂城、増田兵大夫は増田兵部太輔と號、増田右衞門尉長盛, 子なり、去ル庚子關ケ原役、父長盛高野山に蟄居、其後武州岩付城ニ在之、, 〔尾州編年録〕, 〔續兵家茶話〕上増田右衞門尉長盛、關か原陣後關東へ配流の時、本國近, ○阪役叢話, 九十一所收, 自, 注, ノ脇指ヲ, 太閤所賜, 増田長盛, 菩提寺二, 盛次大坂, 二入ル, 磯野行尚, 預ク, 取ル, 盛次ヲ討, 元和元年五月六日, 一一四八

割注

  • ○阪役叢話
  • 九十一所收

頭注

  • ノ脇指ヲ
  • 太閤所賜
  • 増田長盛
  • 菩提寺二
  • 盛次大坂
  • 二入ル
  • 磯野行尚
  • 預ク
  • 取ル
  • 盛次ヲ討

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一一四八

注記 (32)

  • 1571,660,57,717さきよく打死してけり、
  • 1453,803,58,857○以下増田盛次ノ事ニ係ル
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