『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.542

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飮之、依之見れは武藏守と先陣を爭ふも亦冬陣の時なるへしといへり、一, 五月七日乃合戰に、諸軍つとに, いへり、, 容忝由を申述る、武藏守其容貌の逞しきを感心あり、時甚た寒し、酒一つと, 尚、武藏守の本陣に至り、直に申上度事ある由をいふ、武藏守對面あり、時に, 數をひらかさる、是によつて貞泰先陣なり、主馬遙に座を下り、早速の御許, 書に、夏御陣の時は、貞泰中嶋口に向ふ、落城の後、御暇下され、米子へ歸ると, いふ、近習の者大杯を持來り主馬に遣す、主馬仰忝由をいひ、引受〳〵三杯, 主馬近々と進出て、御人數御開下さるへしといふ、武藏守同心にて早速人, のむ、武藏守尚又其意氣のすさましきを賞して、亦しいらる、主馬不辭退再, むとする時、松平武藏守の軍士、貞泰の備の前に進む、此時家臣加藤主馬光, 名池田武藏守利隆と同じく神崎口に陣す、傳に曰、貞泰謀を進め陣を張ら, 〔加藤光泰同貞泰軍功記〕元和元年丁卯夏、復大坂御陣あり、貞泰と松平本, 毛利秀元, 〔寛政重修諸家譜〕, 長柄川をわたらんとすといへとも、其淺深をしらにして猶豫せり、秀元お, ○天滿船場方面ノ戰況、其八毛利秀元, 六百, 甲斐, 十七, 守、, 池田利隆, 加藤光尚, ニ陣場ヲ, 開カンコ, 貞泰ノ臣, 利隆光尚, トヲ請フ, 渡リテ進, ヲ厚遇ス, 毛利秀元, 長柄川ヲ, 元和元年五月七日, 五四二

割注

  • 六百
  • 甲斐
  • 十七
  • 守、

頭注

  • 池田利隆
  • 加藤光尚
  • ニ陣場ヲ
  • 開カンコ
  • 貞泰ノ臣
  • 利隆光尚
  • トヲ請フ
  • 渡リテ進
  • ヲ厚遇ス
  • 毛利秀元
  • 長柄川ヲ

  • 元和元年五月七日

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  • 五四二

注記 (34)

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