『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.736

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は御存不被遊、越前勢の諸手ニ先達てひらかゝりに掛り候を、權現樣の御, ながら、御茶を被召上候とて、松平右衞門太夫え被仰候は、城方の者共の心, とも、其刻き諸大名方の備へ〳〵をも、我おとらしと押詰候ニ付、御大軍の, はた本と御覽違へ被遊、殊外に御せき被遊、御旗本を寄られ度被思召候へ, 御旗本すゝめぼるへき場所無之、御氣の毒に被思召候處ニ、二條ニおゐて、, 權現樣には合戰初り候節、玉, ニ立ならへ候樣ニと御下知被遊、御自身樣ニは茶色の御羽織に下くゝり, の御袴をめし、住吉と城との間ニ有之候くぬ木林之内ニ、山駕籠ニ被爲召, 候よしなり, 諸家の働きを御穿鑿の刻、越前勢ニてこれ有よし御聞遊され、御安堵被遊, と、御年若ニ御座候時の御合戰の次第を御咄し御座被成候を、台徳院樣ニ, 造口のほう谷陰のよふなる所に御乘物ニ被爲召、御茶なと被召上、御側衆, 〔於義夜話〕問曰、, ニは、身共ハ住吉ニむかへ居るとおもふニて有へし、最早軍ニは勝〓るん, む、大隅なくは旗本大崩たるへしと也、, 此日, 〔岩淵夜話〕三大坂落城之朝、權現樣ニは御持籏御長〓等之義者、住吉邊, ○中略、松平忠直, ○五月, 七日, ノ働ニカヽル、, 秀忠、越, ノ谷ニ居, 家康玉造, 前勢ヲ見, 誤リテ戰, 森中ニ茶, ヲ急グ, ヲ喫ス, 元和元年五月七日, 七三六

割注

  • ○中略、松平忠直
  • ○五月
  • 七日
  • ノ働ニカヽル、

頭注

  • 秀忠、越
  • ノ谷ニ居
  • 家康玉造
  • 前勢ヲ見
  • 誤リテ戰
  • 森中ニ茶
  • ヲ急グ
  • ヲ喫ス

  • 元和元年五月七日

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  • 七三六

注記 (31)

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